コラム

聖火ランナーになって分かったオリンピックの価値

2021年07月17日(土)17時30分

聖火リレーをつなぐ人々の思いは切実だ(7月9日、東京のセレモニー) Naoki Ogura-REUTERS

<五輪開催には多くの問題がある。でも選手たちはもちろん、聖火リレーの走者たちの背景や思いもきれいごと抜きで勇気や希望をもたらす力があるのは間違いない>

五輪の聖火リレーのトーチは長さ71センチ、重さ1.2キロ。建築廃材のアルミを再利用して作られ、デザインは桜をモチーフにしているという。価格は7万1940円。ランナーを務めた人は購入が可能だ。

データだけで見るとかなり無味乾燥な印象だが、実際にトーチを手にすると、「計り知れない思いが詰まっている」と感じ、なかなか単なる既成品だと、片付けることはできなかった。今月14日に東京都の府中競馬場でトーチセレモニーに参加させていただいた僕も喜んでトーチを持ち、式典が終わったら喜んで買いました。が、残念なことが1つ。領収書は出ない。
  
正直、この段落をこう書いた瞬間、少し胸がドキッとした。ちょっぴり怖い気分だ。

いつものテイストで、軽くふざけながらコラム執筆に挑みたいが、2021年のコロナ禍における東京五輪に対する国民の感情はかなり沸騰している。著名人が聖火ランナーを辞退しないだけでも批判の対象になり得る。その上、このテーマを茶化してしまうと、非難ごうごうになる恐れは間違いなくある。

現に、5月に開催反対が8割に達していた反オリンピックのピーク時(反オリンピーク時?)に、僕がテレビで開催賛成派の思いに理解を示したとき、ツイッターでは殺人鬼扱いされてしまった。そうした経験をした身として、世論の危険性は重々分かっている。だから、ふざけないことにする......わけではないが、気を付けるよ。聖火をテーマとして取り上げることで、反対派の導火線に火を付けたくはない。

五輪のための緊急事態宣言?

むしろ、冷静なコラムで炎上を鎮火させたいのだ。そもそもオリンピック中止、延期を願う人たちの思いはとてもよく分かる。感染力がおよそ2倍のデルタ株も含めて、新型コロナウイルスの変異株が世界各国で猛威を振るうなか、わざわざ海外から何万人も呼ぶイベントを開催するなんて、政府のコロナ対策分科会の尾身茂会長が言う通り、「普通」ではない。

安全に開催できたとしても、1年半で世界で400万人が亡くなり、その数十倍が感染し、その何百倍もの人が経済損失を受けているなかで、ワイワイと楽しくスポーツの祭典を満喫できるのか?その答えはNo!

という反対派のご意見はもちろんごもっともだ。オリンピックを中止にした場合の経済損失を理由に開催決行を薦める意見も聞くが、それに対する反論も強い。野村総研は中止による損失額を1兆8000億円と試算している。だが同時に、過去3回の緊急事態宣言はそれぞれ1兆9000億~6兆4000億円もの損失を生み、4回目の損失は8月22日に予定通り解除されても1兆円以上と推計している。つまり、緊急事態宣言を発令するより、中止の方が安く済む可能性もある!この論点は否定しづらい。

オリンピック開催直前にまた緊急事態宣言が発令されたわけだが、これはオリンピックのための緊急事態宣言だと僕は思わない。7日平均の新規感染者数が前週比で130%を超えると、警戒が最高レベルに引き上げられるということは今までの3回の経験でわかっている。これは「普通」のことなのだ。

考えてみると、緊急事態宣言については逆の発想もできる。どうせ家にいなきゃいけないなら、テレビの前で何時間も楽しめるオリンピックがあってよいかもしれない。最近は緊急事態宣言が発令されても電車の乗車率も街の人流も大して減っていない。でも、政府の要請に応じるつもりはなくても、オリンピックは見たいので家で過ごす、という人が増える可能性は十分ある。五輪観戦を持ってコロナ感染を制す!とか、感染No!観戦Yes!というポスターもぜひ......作らないでほしいけど。

しかし、暇つぶしにオリンピックを観るとしても、ワクチン接種が行き届かないままの日本に外国から大勢の選手、関係者を招き入れていいのか。来日してから陽性反応を示した選手がすでにいる。濃厚接触者の扱いは各国の代表に任されているとか、監視、管理制度が甘くて「バブル方式」と呼ばれる隔離体制に穴が開いているという指摘もある。その上、無観客で開催しても「オリンピックをやっているなら......」と、国民の気のゆるみを呼び起こすのではないかなど、心配材料は多い。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送-米、ロ産石油輸入巡り対中関税課さず 欧州の行

ワールド

米中、TikTok巡り枠組み合意 首脳が19日の電

ワールド

イスラエルのガザ市攻撃「居住できなくする目的」、国

ワールド

米英、100億ドル超の経済協定発表へ トランプ氏訪
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story