コラム

金正恩の狂人っぷりはどこまで本物か?

2017年09月23日(土)11時00分

正恩の祖父、金日成からして変人ぶりは有名だった。共産主義圏の各国が民主化したり経済改革に努めたりしているのに、すぐ隣で開国と西洋化で国民の生活水準が急上昇したサクセスストーリーが展開されたのに、鎖国の独自路線を走り続けたのも十分非合理的な判断だ。同時に、軍事力は劣るのに定期的に国境付近や海上で韓国と衝突を繰り返す。これも狂人ぎりぎりの行動だったが、次には核・ミサイル開発に走る。

そのせいで、凄まじい費用がかかるうえに経済制裁を食らい、国際社会から孤立することになる。さらに国内のクーデター、外国による軍事介入や、政権トップ暗殺を含む「斬首作戦」などが起こりかねない。国民は得しないし、政権の終息につながるかもしれない、いたってリスキーな政策だ。そうと分かりながら頑なに核・ミサイルの開発を続けるなんて、狂人と思われてもしょうがない。

しかも最近、狂人っぽさが増している。金正恩政権になってからは、側近の粛清で中国とのパイプを切り、ミサイルの発射や核実験のタイミングでほぼ毎回、習近平国家主席のメンツを潰している。命綱を握る恩人の中国もこれには怒り、日米韓と歩調を合わせるように。国連安全保障理事会で史上最強の制裁決議が可決されたが、それでも北朝鮮は数日後にまたもやミサイルを発射した。

せっかく中国やロシアが決議案を半分骨抜きにしてくれたのに、このタイミングで発射するとは。制裁の強化は回避できないだろう。自殺行為だ。金は核・ミサイル開発に狂っている。怒ると誰にも止められない......。ニクソンが思い描いた通りの狂人だ。

しかし実のところ、狂人ではないのかもしれない。国民の生活がひっ迫しているのは間違いないが、北朝鮮はうまくやりくりしているようだ。90年代に米の不作で大規模な飢餓が起きたが、そのときは核開発の凍結を匂わせて、他国から支援を引き出した。最近はそういったピンチにも直面していない。

外交専門誌ディプロマット(Diplomat.com)が指摘している通り、ソ連崩壊以降は石油の輸入量が激減しているが、石炭の液体化や、炭を燃料に走る車などの技術を研究したり、また単純に我慢したりすることで、石油の消費量を4分の1以下に抑えているようだ。

同様に貿易は規制されているが、闇の輸出入が増えているし、国内の改革によって経済が回復しているという。「雑草を食うことになっても核開発を続ける」と明言したパキスタン政府と同じ思いで挑んでいるはずだ。国民の生活水準が低いままでも、依然として金正恩政権が揺らぐ様子は見当たらない。

理性を逸したような挑発の裏にも、冷静な計算がうかがえる。ワシントンを火の海にすると明言したり、その妄想をCGで表す映像を公表したりと、表現は極めて乱暴。しかし、行動自体は安全を考慮しているようにも見える。

最近のミサイル発射でも、2回とも日本の上空に飛ばしているとはいえ、軌道は津軽海峡の上。つまり人口密度の低いコースを選び、事故と、事故による偶発的な衝突を避けている。関東や関西の上空を通る軌道に比べ、挑発度も低い。同様に飛距離からは、米軍基地があるグアムが射程に入るというメッセージを伝えながら、グアムの方向にはミサイルを飛ばしていない。つまり攻撃的な建前の奥には、戦争を避けたいという合理的な本音が隠されているようだ。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は横ばい、米国の相互関税発表控え

ワールド

中国国有の東風汽車と長安汽車が経営統合協議=NYT

ワールド

米政権、「行政ミス」で移民送還 保護資格持つエルサ

ビジネス

AI導入企業、当初の混乱乗り切れば長期的な成功可能
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story