コラム

【大江千里コラム】ニューヨーク、セレブが自然体でいられる街

2021年12月06日(月)16時45分
ニューヨーク

行きつけのレストランの店員と写真に納まる筆者 SENRI OE

<動物病院にシンディ・ローパー、レストランの隣席には幸せそうなメグ・ライアン──街で見掛ける有名人はあまりに自然体。日本とは違う、プライベートの守られ方とは>

先日、友人から質問が来た。「街で有名人を見掛けたら、どんな反応をするのが正解?」。今日はこのテーマで書いてみよう。

以前、チャリティー企画で訪れた動物病院のロビーで、スタッフがエレベーターを待つピンクの帽子姿の女性と話をしていた。彼女が僕に会釈をしたのも手伝って、お会いしたことがあるご近所さんかなと考えあぐねていた。スタッフたちが「じゃあ、シンディ」と言ったのでそのとき初めて気が付いた。シンディ・ローパーだったのだ。

失礼だが、ニューヨークの街によくいる派手めな初老のご婦人だと勝手に頭でイメージづけていた。彼女は僕にも、ナイスに「ね?」と相づちを求めてくれたが、僕はけげんそうに顔をのぞき込んでいたと思う。

ニューヨークの芸能人のプライバシーの守られ方は、日本とは違う。自分が映画や音楽で接する人や有名な人への憧れはあれど、相手も自分も人間なのだという基本的なリスペクトがある。だからこの日もシンディは特別扱いされていない。あまりに自然体なので、近所の誰かだと勘違いしたのだ。

ニューヨークを歩いていると、うれしいことがある。「千里さんですね」。普通に話し掛けてもらうと、「ええ」と答えられる。「ご飯ですか」「そう」「じゃあ気を付けて」「そちらもコロナに気を付けて」

一番嫌なのはわざと無視されたり、「ふん」とそっぽを向かれること。これには傷つく。有名であろうがなかろうが、みんな基本的には同じ人間なので、無視されると傷つくし、土足で心に入られると不愉快になる。

人間関係はバイアスで人を見ると失敗する。偏見や思い込みが本当のことを見えなくする。それは、人を不愉快にする差別などの原因になる場合も多い。物事とは、われわれが考える以上にシンプルでピュアなものなのだ。

レストランで食事をしていると、真横の席がメグ・ライアンだった。一緒にいた友人が「メグ・ライアンだよ」とささやいた。え? 難聴気味の僕が何回も聞き返すので友人は困った顔をした。でも周りの人たちが分からぬよう写真を撮っていたので、ウエーターに「あの」と声を掛けると、彼は「そう。あの方です」とつぶやいた。

この一連の騒動をメグ本人は全て見ていたと思う。周りにどう反応されるか、お客がどう動くかをいち早く察知するのがわれわれの仕事なので、分かった上であえて気付かないよう振る舞っているのだ。しかしこの日会ったメグは、恋人らしき人にもたれかかり実に幸せそうだった。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに

ビジネス

中国の鉄鋼輸出許可制、貿易摩擦を抑制へ=政府系業界

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story