イスラエル人とは何かを掘り下げる、『6月0日 アイヒマンが処刑された日』
そんな3つの集団を頭に入れておくと、本作でアイヒマンの処刑や火葬に関わる主人公たちの立場がより興味深く思えてくるだろう。まず注目したいのは、1年前に父親や弟とリビアからやってきた少年ダヴィッド。本作は1961年、彼が通う学校の場面から始まる。教室では授業を中断して先生と生徒たちが、アイヒマンの裁判の判決を伝えるラジオに聞き入っているが、ダヴィッドは放送を無視して勝手な行動をとり、先生から「歴史的瞬間だぞ」とたしなめられる。その先生はアシュケナジムであり、その後も授業の邪魔をする彼に、「君はユダヤ人に属するか? 君はイスラエル人か?」と問いかける。
ダヴィッドの父親は彼を町はずれの鉄工所に連れていく。社長のゼブコが炉のなかに入って掃除ができる人間を探していたからだ。それをきっかけに、ダヴィッドは学校を抜け出して鉄工所に入り浸るようになるが、そんなときにアイヒマンを火葬にするための小型焼却炉を作るという極秘プロジェクトが舞い込むのだ。
ローゼンタールの前掲書には、ユダヤ人の現代史ではめったに語られないミズラヒムのユダヤ人について、以下のように説明されている。
「一九四〇年代、アラブ・イスラム民族主義が台頭すると、中東や北アフリカで反ユダヤの暴力が吹き荒れた。(中略)一九四八年から一九六〇年代までの間に、イエメン、イラク、エジプト、シリア、レバノン、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビア、イラン、アフガニスタンといった国から、計八七万人のミズラヒムが脱出した。このうち、イスラエルにやってきた難民は六〇万人」
さらに、両親がイエメン出身で、テルアビブの貧困地区で育った少女が語る学校の話も参考になるだろう。学校の教科書はアシュケナジムの視点で書かれ、勉強するのはヨーロッパのユダヤ人やホロコーストのことばかりで、貧しいミズラヒムやアラブ系ユダヤ人のことはまったく出てこない。「私だって仲間に入れてほしかった。でも、私の話なんて教科書にはありませんでした。私たちの文化なんて数に入ってないように見えました」
ダヴィッドもそんなミズラヒムのひとりで、ずっと周縁に追いやられてきたが、焼却炉作りに加わることで歴史と関わる。そんな彼には帰属意識が芽生え、高まっていく。
スペイン語で会話する二人
次に、アイヒマンが収監されているラムラ刑務所で、アイヒマンの警護にあたる刑務官のハイム。彼は本人が語るようにモロッコ出身だが、単純にミズラヒムとはいいがたいところがある。
彼は有力な地位にあり、刑務所の所長から、処刑直後にアイヒマンの遺体を所内で内密に火葬し、灰にする計画の遂行も任されている。そこでハイムは、焼却炉のプロジェクトを、イスラエル独立闘争の戦友であるゼブコに委ねた。さらにもうひとつ見逃せないのが、ハイムとアイヒマンがいつもスペイン語で会話していることだ。
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