コラム

スマートフォンが可視化したフランス警察の市民への暴力行使の記録『暴力をめぐる対話』

2022年09月22日(木)15時45分

さらに、ジャーナリストがそうした発言を以下のように補完する。


「こういう問題は過激な活動家たちや貧しい地域内に限られていて、暴力行使と司法の例外措置の実験場になっていた。俺たちはモルモットだよ。それが俺の意見だ。譲歩はしない。例外裁判と警察の行動規範の実験動物だ。それが以前は無関係だった場所に及んでいる。つまり"周縁"にいる白人たちだ。そのために警察の暴力が問題になった」

スマートフォンが可視化した暴力

こうした映像と発言の構成には、バンリュー(郊外)の団地に暮らす若者たちに加えられる暴力も視野に入れようとする意図が見えるが、もう少し先でそれがより明確になる。

ジエド・ベンナとブーナ・トラオレというふたりの若者の写真と、「2005年10月27日、パリ郊外、警察に追跡され感電死」というテロップが映し出される。フランスではこの事件をきっかけにバンリューの若者たちが暴動を起こし、全土に波及した。ウーダ・ベニャミナ監督はこの出来事にインスパイアされて『ディヴァイン』(16)を、同様にラジ・リ監督は『レ・ミゼラブル』(19)を作った。本作はそんな2005年の事件からさらに遡り、1986年にデモ参加中に殴られて死亡した学生マリク・ウスキーヌにも光を当てている。

そうしたことを踏まえると、スマートフォンが状況を一変させ、警察の暴力を撮影して配信できるようになったという出演者たちの指摘も違った意味を持つ。先ほど心理セラピストやジャーナリストが指摘していたように、警察の暴力は見えないものとして30年前から存在していたが、スマートフォンによってそれが可視化されるようになったということだ。つまり本作は、黄色いベストに加えられる暴力だけではなく、ずっと以前から存在していた暴力を扱っている。

「国家は正当な暴力行使を独占的に保持する」

しかし、マクロン政権は単にそれを引き継いだだけではない。エリゼ宮の警備責任者アレクサンドル・ベナラが(本作のメインカットになっている)、街頭で警官になりすまして市民に暴行を加えている現場をとらえた映像が、マクロン以後の暴力を象徴しているともえる。

ジャーナリスト/弁護士のホアン・ブランコが書いた『さらば偽造された大統領--マクロンとフランスの特権ブルジョワジー--』には、そのベナラについて、以下のような記述がある。

919lsbKsibL.jpg

『さらば偽造された大統領--マクロンとフランスの特権ブルジョワジー--』ホアン・ブランコ 杉村昌昭・出岡良彦・川端聡子訳(岩波書店、2020年)


「ベナラは、憲兵隊の予備役の支えのもとでエリゼ宮を警備し、市民を追い返せとの命令を受けていた。ベナラは、全国家公務員の人事を発令する場所であるエリゼ宮の警備に動員された憲兵と警官の監督を務めていた。信じ難いことに、このシステムが継続するならば、数週間の研修を受けただけで、特別な資格もなく、政治的判断以外にいかなる組織のコントロールも受けない警備員を、政府の中枢に特別任用できることになる。それは、ただひとりの男に奉仕するためであり、ベナラにこの国の治安部隊すべてに対する「事実上の」の権限を与えるためだった」

本作の導入部には、「国家は正当な暴力行使を独占的に保持する」というマックス・ヴェーバーの引用がある。そのため正当性が様々な角度から検証されていくが、緻密に構成された映像と対話に触れれば、その答えは自ずと明確になるだろう。

>>■■映画『暴力をめぐる対話』予告動画はこちら■■

ダヴィッド・デュフレーヌ監督の『暴力をめぐる対話』9月24日(土)よりユーロスペースほか全国にて順次公開

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

林氏が政策公表、物価上昇緩やかにし1%程度の実質賃

ビジネス

午後3時のドルは147円前半へ上昇、米FOMC後の

ビジネス

パナソニック、アノードフリー技術で高容量EV電池の

ワールド

米農務長官、関税収入による農家支援を示唆=FT
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 4
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story