コラム

戦後のレニングラード、PTSDをかかえた元女性兵たちの物語『戦争と女の顔』

2022年07月15日(金)17時11分

1945年、戦後のレニングラードが舞台 『戦争と女の顔』(C)Non-Stop Production, LLC, 2019

<終戦直後の瓦礫の街と化したレニングラードを舞台に、PTSDに悩まされながらも、生活を再建しようともがく二人の元女性兵士の姿が描く......>

ロシアに属するカバルダ・バルカル共和国出身の新鋭カンテミール・バラーゴフ監督の長編第2作『戦争と女の顔』では、終戦直後の瓦礫の街と化したレニングラードを舞台に、PTSDに悩まされながらも、生活を再建しようともがく二人の元女性兵士の姿が描き出される。

本作を作る上でバラーゴフに大きなインスピレーションをもたらしたのは、ノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのデビュー作『戦争は女の顔をしていない』だった。

500人以上の従軍女性の証言集

ソ連では第二次世界大戦に100万人を超える女性が従軍し、看護師や軍医だけでなく兵士として戦った。アレクシエーヴィチは500人以上の従軍女性にインタビューを行い、この証言集にまとめることで、男の言葉で語られてきた戦争に隠された真実を明らかにした。

バラーゴフは、そんな『戦争は女の顔をしていない』の何にインスパイアされたのか。本作の内容に話を進める前に、原案となった証言集を構成する要素の中で、本作と繋がりがあると思える二つの点に注目しておきたい。

410z98dCCNL.jpg

『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 三浦みどり訳(岩波書店、2016年)


アレクシエーヴィチは、一人の人間の中にある二つの真実に言及している。それは、心の奥底に追いやられている個人の真実と、時代の精神が染みついた他人の真実で、前者は後者の圧力に耐えきれず、人間の内にある理解しがたい暗いものが、たちどころに説明のつくことになってしまう。バラーゴフは、そんな二つの真実を意識し、それらがせめぎ合い、心の奥底にあるものが炙り出されるような設定を作っている。

もうひとつは、18〜20歳で前線に出て行き、そこで4年も過ごした後では、女性としての認識が変化しているということだ。「初めてワンピースを着た時には涙にくれたものよ。鏡を見ても自分だと思えなかった。四年間というものズボンしかはいていなかったからね」、「私は二つの人生を生きてきた気がします。男の人生と女の人生を」、「私は今でも女の顔をしていません」といった証言がそれを物語る。バラーゴフも主人公の元女性兵士の中にある男性と女性を強く意識している。

本作の物語は、多くの戦傷病者が収容された軍病院で看護師として働く主人公イーヤが、発作に襲われ、放心状態で立ち尽くす場面から始まる。同僚たちは彼女の発作に慣れてしまっているらしく、誰も気にとめない。間もなく発作はおさまり、彼女は何事もなかったように業務に戻る。

イーヤはパーシュカというまだ幼い子供を育てているが、ある晩、子供とじゃれ合っている最中に発作が起こり、子供を下敷きにしてしまう。やがてイーヤの戦友だったもう一人の主人公マーシャが帰還し、イーヤを訪ねてくる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米ウ協議の和平案、合意の基礎も ウ軍撤退なければ戦

ワールド

香港の大規模住宅火災、ほぼ鎮圧 依然多くの不明者

ビジネス

英財務相、増税巡る批判に反論 野党は福祉支出拡大を

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story