コラム

撮影15年、編集5年、原一男監督の新作『水俣曼荼羅』

2021年11月26日(金)19時09分

これに対して国や県は最高裁の判決を無視し、切り捨ての方針を変えないだけでなく、患者を認定するという判断からも、政治的な「水俣病」が浮かび上がってくる。

緒方正実さんは本作に未認定患者として登場し、浴野教授の検査を受ける。彼は4回も認定申請をしたが棄却されてきた。その棄却に対して何度も行政不服審査請求を行うと、書類の棄却理由に、人格の影響の可能性を示唆する文言があることに気づき、5年前にも県の書類の職業欄に「ブラブラ」と書かれていたこともあったため、強く抗議する。

結果的に彼は、国の行政不服審査会から棄却処分を取り消すという逆転裁決を受け、県知事が水俣病と認めるが、その判断について「認定されても、なぜ認定されたのかという理由がほしいわけですよ」と語る。

関西訴訟の最高裁で勝利した川上敏行さん・カズエさん夫妻は、その後3年たっても一向に認定されないため、熊本地裁に新たな訴えを起こす。だが、裁判が県に不利に進むと、先手を打つように認定を出し、判決が出る前に裁判を終わらせてしまう。弁護士はその結果について、「水俣病については発生当初からそれ自体が極めて政治的な対応がとられていて、川上さんについては最後までそういう問題がつきまとってしまった」と語る。

「水俣病」の呪縛、その根は深い

患者たちは、メチル水銀中毒だけでなく、因果関係に基づいているとは言い難い「水俣病」に呪縛され、翻弄されている。

それは、3部で描かれる浴野教授と生駒さんの関係にも表れている。浴野教授は、生駒さんには昔の記録があるため、それが50年後にどうなっているかを調べ、英語で書いて世界に知らせたいという希望を伝える。そんな浴野教授の問題意識は、1部の以下のような発言から察することができる。


「視覚野とか聴覚野がやられると、見て聞いたときに相手の話していることがよくわからないということが起こる。そうすると、将来的にもしずっとメチル水銀が世界中で増えていくと、人と人のコミュニケーションが非常に難しくなる。話をすることが難しくなって、討論することも、それをまとめることもできなくなる。民主主義が成り立たなくなる。そうすると戦争にすぐいくわけで、メチル水銀は規制していかなければならない」

生駒さんは当初、浴野教授の依頼を快諾するが、検査が進むに従って難色を示すようになり、計画は頓挫する。生駒さんは、自分の検査を映画に撮られることで、認定患者のランクを落とされることを恐れていた。明るく見せてはいても、内心は本当は違うとも語る。そこには結婚の話をするときとは違う複雑な心理を垣間見ることができる。

いつも飄々としている浴野教授は、自分が村八分の最先端を走っているとか、透明人間で、撮っているのは原さんだけとぼやく。本作の終盤では、行政に認定されるまで闘う決意を持つ水俣病患者互助会の佐藤英樹さんが、水俣のなかで水俣病の話をしたら嫌われ、いまだにタブー的な感じになっていると語る。

「水俣病」の呪縛、その根は深いが、浴野教授の言葉にあるような世界に広がるメチル水銀の危険性への理解が深まっていけば、変わらざるを得なくなるだろう。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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