コラム

アメリカの現代のノマド=遊牧民をリアルに切り取る『ノマドランド』

2021年03月25日(木)18時30分

社会の変化を象徴するふたつの企業城下町

筆者がまず注目したいのは、ジャオ監督と製作にも名を連ねるマクドーマンドが作り上げたファーンの人物像だ。彼女は架空の人物だから原作には登場しないが、その設定には原作の世界が反映されている。

511KocfjKYL.jpg

『ノマド──漂流する高齢労働者たち』ジェシカ・ブルーダー 鈴木素子訳(春秋社、2018年)

原作には、アメリカ社会の変化を象徴するようなふたつの対照的な企業城下町が紹介されている。

ひとつは、石膏ボードを生産するUSジプサム社が町全体を所有していたネヴァダ州のエンパイア。この企業城下町は、不景気で需要がなくなったため、2010年12月に町全体の閉鎖が決まり、従業員が失業するだけでなく、彼らが住む家もなくなり、郵便番号を含めて完全に姿を消すことになった。

その一方で、エンパイアから南に100キロ離れた場所で、まったく異なる新しい企業城下町が栄えだす。その住民の大半は、倉庫での臨時雇いの仕事を求める高齢の移動労働者で、彼らの雇い主はアマゾン・ドット・コムだった。

家を失ったファーンは、エンパイアから旅立ち、アマゾンの倉庫で働く。つまり、社会の変化を象徴するふたつの企業城下町が、彼女の旅の出発点になっている。

さらにもうひとつ、原作の終盤にジャオ監督が関心を持ったであろうと思える記述がある。著者ブルーダーは、ノマドを追ううちに抱くようになった疑問を以下のように綴っている。


「そのころから、私の頭のなかには、あるクエスチョンマークが浮かんだまま消えなくなった。この人たちはみんな、どうなるんだろう?」


「成人した子どもに呼び寄せられるか、アパートを借りるかした結果、路上から普通の住宅に戻ったノマドも何人か知っている」

この記述と直接結びつくのは、架空の人物であるデイヴだ。ある日、デイヴの前に息子が現れ、生まれる孫の顔を見てほしいと頼む。デイヴは迷うが、結局カリフォルニアに戻っていく。

と同時にここで、先述したスワンキーのことも思い出す必要がある。ファーンは、最期まで路上で生きる仲間と、普通の生活に戻っていく仲間を目にしている。ノマドにはその二者択一が避けられないようにも見える。

だが、ジャオ監督は、ファーンをノマドとして見ているだけではない。見逃せないのは、ファーンと彼女が路上で出会い、終盤で再会する若者デレクとの交流だ。クルマもなく、荷物を背負って放浪する若者は、原作に登場するはずもない異質な存在であり、その交流には、ファーンの異なる側面を垣間見ることができる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ネタニヤフ氏、イランの「演習」把握 トランプ氏と協

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ワールド

ロ、米のカリブ海での行動に懸念表明 ベネズエラ外相

ワールド

ベネズエラ原油輸出減速か、米のタンカー拿捕受け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story