90年代韓国に実在した対北工作員の物語『工作 黒金星と呼ばれた男』
軍事主義や軍事化が人々に及ぼす影響を掘り下げる
本作は冒頭に「黒金星をもとにしたフィクション」という前置きがあるように、どこまでが真実かはわからないが、注目しなければならないのは、題材に対するユン・ジョンビンのアプローチだろう。彼はこれまで、朝鮮王朝末期を背景にした『群盗』を除く『許されざるもの』、『ビースティ・ボーイズ』、『悪いやつら』の3作品で、軍事主義や軍事化が人々に及ぼす影響を様々な角度から掘り下げてきた。本作もそんなテーマと深く関わっていることは、『韓国フェミニズムの潮流』に収められた「我われの生に内在する軍事主義」の以下のような記述を踏まえれば、容易に察することができるだろう。
「北朝鮮を極端に敵視し、この集団に対する敵愾心と恐怖心、そして戦争の可能性を繰り返し強調することによる緊張感の造成、国家防衛の神聖化、米軍駐屯に対する大衆の一般的支持、国民皆兵制、三〇余年の軍事政権支配を可能にした諸々の要因、広範に行きわたっている多様な理念と価値体系、細分化された文化等を包括しながら総体的に進行してきた一つの社会の軍事化過程」
そして、先述した3作品のなかでも、『悪いやつら』と本作には、ある種の共通点がある。『悪いやつら』は、チョン・ドゥファンの後を継いだノ・テウ大統領が、組織犯罪の一掃を目指して1990年に始めた"犯罪との戦争"を背景にしている。その冒頭では、陸軍士官学校で同期だったチョン・ドゥファンとノ・テウが軍服姿で肩を並べる写真が映し出される。また、ユン監督は、犯罪との戦争について以下のように語っている。
「ノ・テウ大統領が当選した後、チンピラたちが政界を力で支えているのは自分たちだと暴れ出した。彼らが問題を起こし始めたので、"犯罪との戦争"という巨大なショーが企画された」(プレスより引用)
そこで注目したいのが主人公のイクヒョンだ。公務員だった彼は、犯罪に手を染め、たまたま出会った犯罪組織のボスが遠い親戚だったことから、犯罪組織や警察を利用してのし上がろうとする。つまり、極道でも堅気でもない"ハンパ者"のサバイバルを通して、同じ根を持つ集団の姿が炙り出されていく。
本作の黒金星は、そんなハンパ者の存在をさらに発展させたキャラクターともいえる。彼は工作活動を通して徐々に変化し、組織の駒ではなくなる。彼と北のリ所長の間には、奇妙な信頼関係が芽生え、共同事業そのものが価値を持つようになる。そして、北風工作によって追い詰められた黒金星は、上司のチェ室長や安企部が、国家や民族のためといいながら、与党のために動いていることを見抜き、"冒険"に乗り出す。それは彼が軍事主義に挑むことを意味している。
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