コラム

東ドイツの「過去の克服」を描く『僕たちは希望という名の列車に乗った』

2019年05月16日(木)17時00分

そして、以下のような記述がつづく。


「このような見方からすれば、ナチ体制の反共産主義がその人種的反ユダヤ主義よりはるかに重要に見えたのも当然であったし、とくにドイツ労働者階級がヒトラー独裁の犠牲者に仕立て上げられ、ドイツ民族はヒトラーに欺かれ、利用されたことになる。この見方には、東ドイツ住民の責任を軽減する効果が大いにあった。この点は、東ドイツの歴史理論がファシズムを資本主義の普遍的な発展問題として解釈することによってさらに強められた」

若者とその親たちが、切迫した状況のなかで過去と向き合う

本作はそんな背景を踏まえてみると、人物の設定がより興味深くなる。クラウメは、黙祷を行った生徒のなかで、冒頭で触れたテオとクルト、そしてもうひとりのエリックという3人の若者に注目し、それぞれの親との関係を掘り下げていく。

テオは労働者の家庭で育ち、父親は製鋼所で働いている。国民教育大臣と面識があったその父親は、息子を守るために直談判に行くが、彼らのやりとりからは、父親が数年前にある事件に関わり、不満を抱えた労働者とみなされていることがわかる。そんな父親とテオの関係は複雑だ。父親には体制に反抗する息子の気持ちがわかるが、家族の悲願である進学の機会を失ってほしくない。やがてテオは、父親が劣悪な環境で酷使されていることを知る。

クルトの父親は市議会議長で、息子が西ベルリンに墓参りに行くことを快く思っていない。そこに眠るのは母方の祖父で、彼が武装親衛隊だったからだ。父親の立場を考えればその気持ちもわからないではないが、彼はそのことで母親まで蔑視している。そこには、悪との間に一線を引くことで自己を正当化しようとする姿勢が垣間見える。そんな家族の関係はやがて崩れていくが、そこに絡んでくるのがもうひとりの若者の存在だ。

エリックは体制寄りで、級友たちと距離を置いているところがある。その理由は親との関係から察せられる。父親はこの世になく、母親は聖職者と再婚している。実父はドイツ共産党の準軍事組織RFB(赤色戦線戦士同盟)の一員だった。エリックは、英雄であるその父親を心の拠り所にしている。だが、冷酷な郡学務局員がある真実を告げたとき、自分を見失った彼は暴走していく。そして、彼の運命がクルトの一家にも影響を及ぼす。

そこで筆者が思い出すのは、『アイヒマンを追え!〜』の冒頭に挿入されるフリッツ・バウアー本人の映像だ。彼はカメラに向かって以下のように語っていた。


「ドイツの若い世代なら可能なはずだ。過去の歴史と真実を知っても克服できる。しかしそれは、彼らの親世代には難しいことなのだ」

その言葉は本作にも当てはまる。若者とその親たちが、切迫した状況のなかで過去と向き合い、それぞれに選択していく運命からは、「過去の克服」というテーマが鮮明に浮かび上がってくる。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ米大統領、次期FRB議長にウォーシュ元理事

ワールド

シリア暫定政府、クルド勢力と停戦合意 統合プロセス

ビジネス

英住宅ローン承認件数、12月は24年6月以来の低水

ビジネス

ユーロ圏GDP、第4四半期は前期比0.3%増 予想
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵士供給に悩むロシアが行う「外道行為」の実態
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 6
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 7
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 8
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 9
    日本はすでに世界第4位の移民受け入れ国...実は開放…
  • 10
    配達ライダーを飲み込んだ深さ20メートルの穴 日本…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 8
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 9
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story