現代美術家アイ・ウェイウェイが、難民の立場で地球をめぐる『ヒューマン・フロー/大地漂流』
国境には有刺鉄線が張り巡らされている
一方、本作に頻繁に登場するアイは、個人的な意見を述べることはない。だが、映像の積み重ねが彼の考えを物語っている。
本作の導入部では、ギリシャのレスボス島にたどり着いた難民たちの姿が映し出され、「2015〜2016年、シリア、イラク、アフガニスタンなどから100万人以上の難民がギリシャに押し寄せた」という字幕が挿入される。そこから難民たちは、ドイツやスウェーデン、その他の国々を目指して移動を始める。だが、彼らの長い行列の行く手に、ヨーロッパの対応が待ち受けている。
ギリシャとマケドニアの国境には有刺鉄線が張り巡らされている。ヒューマン・ライツ・ウォッチの職員が、スロベニアやクロアチア、セルビアの国境も閉ざされ、約1万3000人が立ち往生していると説明する。ハンガリーの国境に張り巡らされたフェンスが空撮で映し出され、「まるでヨーロッパ版万里の長城だ。ハンガリーが移民の流入を止めるため巨大なフェンスで大陸を分断した」という新聞記事が挿入される。
アイは、難民たちが立ち往生するヨーロッパから中東に向かう。ヨルダンの難民キャンプを訪れた彼は、担当者から、受け入れたシリア難民の数が140万人にのぼり、人口比率で考えるとアメリカやEUに6000万人が流入したも同然だと説明される。トルコは300万人以上の難民を、レバノンはシリアやパレスチナの難民を、人口の3分の1に当たる約200万人保護している。
排除、保護、避難生活、そして送還(帰還)という難民の体験
しかし、難民キャンプを訪ね回るアイの関心は、難民の数だけではなく、他の問題へと広がっていく。それは、難民の実情について語るヨルダン王女の「難民は平均25年ほど避難生活を続けます」という発言や、「難民は世界平均26年以上の避難生活を送る」というデータに表れている。アイが出会う難民たちは、長期にわたって劣悪な環境で厳しい生活を送り、子供の成長にも影響を及ぼしている。
それを踏まえるなら、アイの関心がパレスチナ難民に向かうのも頷けるだろう。彼は、レバノンのアイン・エルヒルウェ難民キャンプやパレスチナ自治区ガザを訪れる。ユニセフのレバノン事務所代表の説明によれば、中東戦争以来60年以上パレスチナ人を保護しているアイン・エルヒルウェ難民キャンプは、人口密度が高く、1キロ四方に10万人が暮らし、キャンプ育ちの難民もたくさんいる。
さらに、アイがパキスタンやアフガニスタンに移動すると、本作の構成がより明確になる。パキスタンは、1979年のソ連のアフガン侵攻以来、300万人の難民を保護しているが、アイが注目するのは、パキスタンにおける彼らの避難生活ではなく、送還されることになった難民の姿だからだ。
彼はヨーロッパから移動しつつ、排除、保護、避難生活、そして送還(帰還)という難民の体験をたどっていることになる。そして、難民の帰還にも難しい問題が浮かび上がる。祖国に戻ったアフガン難民は、市民にはなるものの、長い不在の間にかつての生活の基盤は失われ、結局、難民状態に恐れがあるのだ。
「難民の悲劇に対する麻痺状態」
いま難民問題に警鐘を鳴らす人々はみな、強い危機感を持っている。社会学者のジグムント・バウマンは、『自分とは違った人たちとどう向き合うか 難民問題から考える』で、「難民の悲劇に対する麻痺状態」に言及し、「残念ながら、こうした衝撃も日常のありふれた出来事に変わろうとしており、モラル・パニックも収まって意識や視界から消え、忘却のヴェールに包まれようとしている」と書いている。キングズレーの前掲同書にも「何より異常なのは、今はこれがありふれた光景になったことかもしれない」という記述がある。
アイがそんな危機感に駆られて作り上げた本作では、難民として生きることや、難民の過去・現在・未来に対する想像を掻き立てるような独自の視点と表現が際立っている。
《参照/引用文献》
『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』パトリック・キングズレー 藤原朝子訳(ダイヤモンド社、2016年)
『自分とは違った人たちとどう向き合うか 難民問題から考える』ジグムント・バウマン 伊藤茂訳(青土社、2017年)
『ヒューマン・フロー/大地漂流』
2019年1月12日(土)、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
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