コラム

現代美術家アイ・ウェイウェイが、難民の立場で地球をめぐる『ヒューマン・フロー/大地漂流』

2019年01月11日(金)16時40分

<現代美術家のアイ・ウェイウェイが23カ国40カ所もの難民キャンプと国境地帯をめぐり、難民の立場から世界を見つめ直していく異色のドキュメンタリー>

世界的な現代美術家アイ・ウェイウェイが手がけた『ヒューマン・フロー/大地漂流』は、監督自身が難民たちに導かれて旅をし、難民の立場から世界を見つめ直していくような異色のドキュメンタリーだ。彼は23カ国40カ所もの難民キャンプや国境地帯を巡り、本作を作り上げた。

政治的な活動によって中国を離れるアイ・ウェイウェイ

そこには、アイ自身のスマートフォンやドローンによる空撮を駆使した映像、難民たちとUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)やヒューマン・ライツ・ウォッチの職員らへのインタビュー、テレビのニュースや新聞記事の断片、中東の詩人たちの詩など、多様な表現や情報が盛り込まれている。

アフリカの砂漠地帯でアイが自撮りする場面では、彼が抱えるスケッチブックに「アイ・ウェイウェイは難民とともに立つ」というメッセージが書かれている。それを実行するように、本作にはアイ自身もしばしば登場する。

アイが難民たちに共感を覚えるのは、幼い頃に文化大革命で家族とともに生まれ育った土地を追われ、いまでは政治的な活動によって中国を離れることを余儀なくされ、ドイツを拠点にしていることと無関係ではないだろう。だが彼は、共感だけで行動しているわけではない。本作では、しっかりとした構成を通して、独自の視点から難民の現実や体験が掘り下げられている。

2015年、難民たちが押し寄せるギリシャのレスボス島に向かった

「ガーディアン」紙で初の移民専門ジャーナリストになったパトリック・キングズレーが書いた『シリア難民 人類に突きつけられた21世紀最悪の難問』は、そんなアイのアプローチを明確にするためのヒントを与えてくれる。

どちらもその出発点になっているのは、イタリアに代わってヨーロッパ最大の「難民の玄関口」となったギリシャに膨大な数の難民が押し寄せ、EUに亀裂をもたらした2015年の難民危機だ。

キングズレーは、3大陸17カ国を難民と同じ目線で歩き、本書で2015年に何が起きたのかを明らかにし、何を学べるかを考えている。アイは、2015年に難民たちが押し寄せるギリシャのレスボス島に向かい、そこから撮影を始め、2016年にかけて世界を巡り、その記録を本作にまとめた。

そこで頭に入れておきたいのが、2015年の難民危機についてのキングズレーの見解だ。彼は、難民危機は、ヨーロッパの対応が引き起こしたもので、確実に避けることができたと主張する。彼の取材時における難民の数は85万人で、それは約5億人のEU人口の0.2%程度にすぎず、適切に対処すれば、世界一豊かな大陸が現実に吸収できる数だった。彼がそんなEUと対比するのがレバノンだ。この人口450万人ほどの小国では、2015年の時点で約120万人ものシリア難民を受け入れ、レバノンに住む人の5人に1人がシリア難民になっていた。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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