コラム

インドの不平等の特殊さを描くドキュメンタリー『人間機械』

2018年07月20日(金)18時05分

インド人をとらえ、縛り付ける「鳥籠」

そこで、筆者の頭にすぐに思い浮かぶのが、2008年度のブッカー賞を受賞したアラヴィンド・アディガの小説『グローバリズム出づる処の殺人者より』のことだ。

その物語は、テクノロジーとアウトソーシングの中心地バンガロールに住む起業家の主人公が、インド訪問を控えた中国の温家宝首相に宛てた手紙というかたちで綴られていく。その中身は、自分の主人を殺すことによって起業家として成功を収めた男の告白だ。

主人公はその手紙のなかで、インド一万年の歴史のなかで最大の発明を"鳥籠"と呼び、逃れられない運命を背負った人々を、市場に置かれた金網の籠に押し込まれた鶏に重ねている。

「こんなにわずかの人間がこんなに多くの人間をこんなにこき使うのは、人類の歴史でも初めてのことです。温首相。この国では、一握りの人間が残り九十九・九パーセントの人間をあらゆる面で強力に、巧妙に、狡猾に教育して、永遠の奴隷にしたてあげてきたのです。その奴隷根性のすさまじさたるや、自由への鍵をわたしてやっても、悪態とともに投げ返されるほどです」

この鳥籠が機能するのは、インド人の愛と犠牲の宝庫である「家族」が、籠にインド人をとらえ、縛りつけているからだ。そして、その籠から抜け出すためには、家族がみな殺しにされても平気な人非人であることが求められる。だから、この鳥籠さえあれば、独裁政権も秘密警察も必要ない。

インドの不平等の特殊な性質

ジャインの『人間機械』は、こうしたことを踏まえてみると、インドの不平等の特殊性と深く結びついていることがわかる。筆者がまず注目したいのは、労働者たちの発言だ。工場の様々な作業について説明する労働者は、最初にこう語る。

「神から手を授かった。だから労働は義務だ。工場は労働の場だ。誰もが12時間働く」遠方から出稼ぎに来ている労働者も貧困の現実を受け入れているように見える。

「誰かに搾取されてる訳ではありません。俺がここに来たのは、子供を育てるのに必要だからです。無理やり働かされていたら搾取でしょうけど、そうじゃない。俺は1600キロも旅してここへ来た。そして職を手にいれた。自分の意思で、強制ではない」

給料に不満を抱きながらも妥協を余儀なくされている二人組の労働者の言葉は、先述した鳥籠に押し込まれて、互いにつつき合う鶏を連想させる。

「働きに見合わない賃金だから怒るんです。誰だってそうです。怒りには理由があるんです。でも社長への悪口は出てきません。仲間同士で怒りをぶつけていがみ合うんです。社長は来やしませんから。誰が社長でどんな事をしているのか何ひとつ知りません」

こうした発言と人間・機械・生地が三位一体となった現場の映像や音響が重なっていくとき、この映画は単なる繊維工場のドキュメンタリーではなくなっていく。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    赤ちゃんの「足の動き」に違和感を覚えた母親、動画…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story