コラム

インドの不平等の特殊さを描くドキュメンタリー『人間機械』

2018年07月20日(金)18時05分

インドの不平等の特殊性を描くドキュメンタリー『人間機械』

<インドの巨大な繊維工場を圧倒的な映像美で描いたドキュメンタリーから見えるもの>

ニューデリー出身の新鋭ラーフル・ジャインが作り上げたデビュー作『人間機械』は、インド北西部グジャラート州にある巨大な繊維工場を舞台にしたドキュメンタリーだ。

カメラは冒頭から、迷路のように複雑に入り組む空間を進み出し、私たちを工場の内部へと引き込んでいく。古びた建物のなかには、生地を染色加工するための様々な機械が並び、耳をつんざくような音をたてている。労働者たちが、染料を準備し、生地を担いで運び、それぞれの持ち場で機械の動きに合わせて作業をつづける。

途中に挿入される労働者へのインタビューから、彼らの多くが、仕事のない州からやって来た出稼ぎ労働者で、低賃金で12時間労働していることがわかる。労働者のなかには子供も含まれている。カメラは、作業中に何度も睡魔に襲われる少年の姿もとらえている。

人間と機械と生地が有機的に結びついたカメラワーク

ジャイン監督が、格差や劣悪な労働環境を告発しようとしていることは間違いないが、決してそれだけではない。プレスに収められた監督インタビューによれば、グジャラート州のこの地域には1300軒ほど工場があり、舞台となった工場はそのなかでも一番よいと言われているものだという。もし告発だけが目的であるなら、映画にそんな情報を盛り込んだほうが効果的だし、もっと劣悪な工場を選ぶこともできたはずだ。

だがジャインは、具体的な情報を登場する人々の発言だけに限定し、まずなによりも目の前にある状況を観察しようとする。そこからは圧倒的な臨場感が生み出される。さらに、巧みなカメラワークと緻密な構成によって、人間と機械と生地が有機的に結びつき、一体となった光景が浮かび上がる。

インドの不平等の特殊な性質

では、ジャインはそんな独自のアプローチでなにを表現しようとしているのか。アマルティア・セン/ジャン・ドレーズの『開発なき成長の限界――現代インドの貧困・格差・社会的分断』には、それを理解するヒントがある。本書では、インドの不平等の特殊な性質が掘り下げられている。

富裕層と貧困層の間の隔たりが非常に大きいのは中国も同じだが、そこには経済的不平等についての標準的な指標を比較するだけでははっきり見えてこない違いがある。たとえば、教育や保健医療といった公共サービスの役割は、個人所得についての指標では考慮されていない。

「インドに暮らす人の多くは、それなりによい学校、利用可能な病院、家に備え付けのトイレ、一日二回のまともな食事といった生活上の基本的な要件を欠いているが、中国のような国ではこうした状況は見られない」

「多様な側面を持つインドの不平等は、不平等それ自身が解消されないような仕組みを生み出す傾向にあり、特に公共的議論やメディアの報道に見られる歪みを通して引き起こされる」

不平等、階層化、カーストによる分断、忍耐を美徳とする伝統、偏った公共サービスやメディアといった様々な要素が絡み合い、貧しい人々が排除されていくインドの現実。それをとらえるためには、独自のアプローチが必要になるだろう。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

スクエニHD、通期純利益予想を上方修正 10-12

ワールド

インドネシアGDP、25年は5.11%増 22年以

ビジネス

日経平均は続落、半導体関連株が押し下げ 決算は支え

ビジネス

日鉄、今期の最終赤字700億円に拡大へ 安価な中国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 4
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story