コラム

よみがえったヒトラーが、今の危うさを浮かび上がらせる

2016年06月16日(木)16時30分

 ひとつは、ドキュメンタリーの要素だ。ヒトラーを見出したザヴァツキは、彼を売り出すために「ヒトラーが現代のドイツを闊歩する」という企画をひねり出し、車で各地を回る。ヴェンド監督はそんな展開を利用して、ヒトラーに成りきった俳優と様々な年齢や職種の人々を対面させる。彼らのなかには拒絶反応を示す人もいるが、すんなりと受け入れ、スター扱いする人が目立つ。そんな映像には、TV的ないかがわしさと人々の本音を垣間見るような生々しさが混在している。また、エンディングには、現代の外国人排斥運動をとらえた映像なども挿入される。

 そしてもうひとつ見逃せないのが、ヴェンド監督の巧みな脚色だ。原作はヒトラーの一人称で書かれ、彼の視点が中心になるが、映画では彼に関わる人物たちが独自の動きを見せる。ヒトラーを売り出したテレビ局では、局長の椅子をめぐって水面下で醜い争いが繰り広げられ、それが原因でヒトラーも局長も共倒れになるかに見える。

ヒトラーが活躍するメディアの社会

 しかし、挫折しかけたヒトラーは、現代に甦った自身の物語を本にして復活を遂げ、映画化まで進行していく。彼は揺るぎない信念とメディアを利用する戦略によって求心力を獲得する。これに対して、ヒトラーを起用する立場にあったはずの局長や副局長は、いつしか保身のために彼に擦り寄ることを余儀なくされている。そんな展開はジェラテリーの前掲書の以下のような記述を思い出させる。


 「ナチ・ドイツは実際に現代的なメディアの社会であり、当時としては最先端をいっていた。識字率の高いドイツ人は新聞の愛読者でもあった。そのうえにヒトラー政権は、各家庭に一台のラジオを普及させるために全力をつくし、映画を活用して伝達事項をくまなく行きわたらせたのだ。映画制作はすぐに体制翼賛産業に変えられ、ジャーナリストを味方につけるのは容易いことが証明された」

 ヴェルメシュのベストセラーが映画化されたように、映画のなかでヒトラーの本が映画化される。そこには痛烈な皮肉が込められている。なぜならヒトラーが自分に起こったことを明らかにしても、誰もそれがただならぬことだと思わないからだ。では、ただならぬことだと思った人間はどうなるのか。その運命は、かつてヒトラーが権力を掌握する過程で、共産党員などが収容所に隔離されていったことを思い出させるかもしれない。


《参照/引用文献》
『帰ってきたヒトラー(上・下)』ティムール・ヴェルメシュ 森内薫訳(川出書房新社、2014年)
『ヒトラーを支持したドイツ国民』ロバート・ジェラテリー 根岸隆夫訳(みすず書房、2008年)
『ドイツ 過去の克服』ペーター・ライヒェル 小川保博・芝野由和訳(八朔社、2006年)

○映画情報
『帰ってきたヒトラー』
監督:デヴィッド・ヴェンド 
公開:6月17日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
(C) 2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7

ワールド

ロシアのミサイル「ICBMでない」と西側当局者、情

ワールド

トルコ中銀、主要金利50%に据え置き 12月の利下

ワールド

レバノン、停戦案修正を要求 イスラエルの即時撤退と
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story