コラム

麻薬取引は、メキシコの重要な「産業」だ

2016年04月30日(土)15時30分

 ミレレスに賛同した者たちには、自警団の証となる白いTシャツと銃が支給され、自警団は、違法な活動を取り締まろうとする軍を追い返すほどの支持基盤を獲得する。彼らは武力でカルテルを駆逐し、ミレレスは一躍、ヒーローに祭り上げられる。だが、やがて自警団の内部に、略奪や麻薬製造を行う者が現れるようになる。さらに政府が、自警団を吸収して管理下に置くために、合法化の話を持ちかけてくる。政府を信じないミレレスは、次第に求心力を失い、分裂の危機にさらされる自警団のなかで孤立していく。

ヒーローが操り人形であったことを示唆する衝撃的な結末

 そんな状況から筆者が想起するのは、ジャーナリストのヨアン・グリロが書いた『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』のなかで、「メキシコ麻薬戦争の核心にある問題」と指摘されていた現実だ。その指摘は、麻薬戦争の第一段階とされるシナロア・カルテルとセタスというふたつの組織の抗争を説明する記述のなかに出てくる。


 「あちこちで連邦警察が駆けつけるたび、地元警察とギャングの深い関係が取り沙汰された。警察官は密輸に目をつぶるだけでなく、自分たちで誘拐や殺人もしていた。これは国家組織の深刻な崩壊である。さらに問題なのは、連邦警察の多くもまたギャングのために働いていることで、一般にはシナロア・カルテルのさまざまな分派の側に立っていることがわかってきた。つまり、連邦警察がセタスを逮捕すれば、彼らは誰のために働いたのか、と問われることになる。市民のためか、シナロア・マフィアのためなのかと」

 そんな現実とミレレス及び自警団の運命は無関係ではない。この自警団の活動を追っていくうちに不思議に思えてくることがある。彼らはどこから銃を入手しているのか。その資金はどうしたのか。一般市民が銃を手にしただけで、カルテルを駆逐できるものなのか。その謎は終盤に解ける。ミレレス自身は市民のために立ち上がり、戦おうとしたのだろう。しかし、彼の活動の背後には、"テンプル騎士団"が駆逐されることで得をするような組織が必ず存在しているのだ。そして映画は、ヒーローが操り人形であったことを示唆する衝撃的な結末を迎える。

メキシコの麻薬取引は、国内でもっとも重要な産業のひとつだ

 そこで確認しておかなければならないのが、麻薬取引が産業だということだ。グリロの前掲書には以下のような記述がある。


 「メキシコの麻薬取引は、国内でももっとも重要な産業のひとつだということはよく知られている。石油輸出と並んでメキシコペソの安定化に貢献している。貧しい農村部を中心に数千人もの直接雇用を生み出している。その利益はほかの産業セクターにも回り、とくにホテル、牧畜、競走馬、レコード産業、サッカーチーム、映画産業などにも投資されている」

 この映画は、夜闇にまぎれて数人の男たちが、麻薬(メタンフェタミン)を製造する場面から始まる。リーダー格の男は、「良心の声に耳を傾けたらすべてが台無しになる」と語る。では、彼らにとって最も重要なことはなんなのか。それは、常に需要があるということなのだ。


《参照/引用文献》
『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』ヨアン・グリロ 山本昭代訳(現代企画社、2014年)

◯映画情報
『カルテル・ランド』
監督:マシュー・ハイネマン監督
製作総指揮:キャスリン・ビグロー

公開表:5月7日(土)より、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開
(c) 2015 A&E Television Networks, LLC

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

再送イラン最高指導者ハメネイ師死亡、国営メディア確

ワールド

中国、イラン攻撃の即時停止要請 米・イスラエルに懸

ワールド

イラン最高指導者ハメネイ師が空爆で死亡、86歳 米

ワールド

ドバイで空港と代表的ホテルが被害、イランの攻撃で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
特集:日本人が知らない AI金融の最前線
2026年3月 3日号(2/25発売)

フィンテックの進化と普及で、金融はもっと高速に、もっとカジュアルに

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作曲家が「惨めでもいいじゃないか」と語る理由
  • 2
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力空母保有国へ
  • 3
    「努力が未来を重くするなら、壊せばいい」──YOSHIKIが語った創作と人生の覚悟
  • 4
    【クイズ】世界で最も「一人旅が危険な国」ランキン…
  • 5
    ウクライナが国産ミサイル「フラミンゴ」でロシア軍…
  • 6
    【クイズ】サメによる襲撃事件が最も多い国はどこ?
  • 7
    「本当にテイラー?」「メイクの力が大きい...」テイ…
  • 8
    がん治療の限界を突破する「細菌兵器」は、がんを「…
  • 9
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 10
    トランプがイランを攻撃する日
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    村瀬心椛は「トップでなければおかしい」...スノボの謎判定に「怒りの鉄拳」、木俣椋真の1980には「ぼやき」も
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 6
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 7
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 8
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 9
    中国で今まで発見されたことがないような恐竜の化石…
  • 10
    住宅の4~5割が空き家になる地域も......今後30年で…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story