ナチスの戦犯アイヒマンを裁く「世紀の裁判」TV放映の裏側
裁判は4ヶ月に渡り、リアルタイムで編集されて、世界37カ国で放映された
しかし、この映画で強烈な印象を残すのは、制作チームの間に生じる緊張だ。監督に指名されたフルヴィッツは、法廷に4台のカメラを設置し、判事、アイヒマン、検事と弁護人、証人と傍聴席をとらえる。彼自身は隣接する建物に用意したコントロールルームにスタッフと陣取り、4台のモニターを同時にチェックし、映像を切り替える指示を出す。録画されるのは彼が選択したカメラの映像だけなので、リアルタイムで編集を進めていることになる。しかも、英語しかわからないアメリカ人の彼には、ヘブライ語やドイツ語のやりとりが理解できないため、視覚的な情報を頼りに映像を選択していたといわれる。
その結果、このコントロールルームは特殊な空間になる。彼らは、裁判を傍聴したハンナ・アーレントがプレスルームで目にしていた映像や、私たちがシヴァンのドキュメンタリーで見る映像には残らなかった多くの光景を目撃している。そこでは、証人たちが恐ろしい体験を語り、アイヒマンが表情ひとつ変えることなく、淡々と罪状を否認するというやりとりが繰り返される。そんな状況が四ヶ月もつづけば、平常心を保つことは困難になるに違いない。
すべてイスラエル人で構成されたカメラマンのなかには、記憶がよみがえり、憔悴しきって操作ができなくなる人間が出てくる。そして、フルックマンとフルヴィッツの間に亀裂が生じる。イスラエル人と結婚し、イスラエルと深く関わっていたフルックマンは、ホロコーストの真実を世界に伝えようとした。これに対して、フルヴィッツは、ユダヤ系ではあるもののイスラエルという国家に疑問を持ち、また、アイヒマンは決してモンスターなどではなく、誰もが状況によってファシストになり得ると考えていた。そんな彼は、アイヒマンが人間的な感情を露にする一瞬をとらえることに執着するようになり、証人が激しい緊張のために卒倒する決定的な瞬間を逃してしまう。
この映画の前半で、フルヴィッツがイスラエル人のカメラマンたちと対面し、持論を展開したとき、彼らのひとりが、「アイヒマンは、私たちと同じ人間ではない。私は、アイヒマンのようには決してならない」と断言する。映画の終盤で、収容所の生存者から、ホロコーストの真実を明らかにしたことに対して、個人的に感謝の気持ちを伝えられた彼は、どこか複雑な思いを抱えているように見える。結局、フルヴィッツは、善と悪、被害者と加害者の間に絶対的な一線を引くための裁判に呑み込まれたといえる。
アイヒマン裁判の映像は、封印された・・
そこで最後に思い出しておきたいのが、イスラエル出身のアリ・フォルマン監督がドキュメンタリーとアニメーションを融合させた斬新なスタイルで作り上げた『戦場でワルツを』(08)のことだ。監督の実体験に基づくこの映画では、悪夢に悩まされる主人公が、24年前の1982年にレバノン侵攻に従軍したときの記憶を取り戻していく。レバノン侵攻は、イスラエルが自ら戦端を開いた最初の戦争で、パレスチナ難民が虐殺されるサブラ・シャティーラ事件という悲劇を招いた。イスラエルの作家アモス・オズの『贅沢な戦争 イスラエルのレバノン侵攻』では、以下のように書かれている。
「レバノン戦争のことは何もかも、みんなで忘却の穴倉に押し込めてしまった。約700人の兵士が戦死したのにたいして、敵の戦死者は数千にのぼった。また一万人以上の市民が犠牲になったといわれる。この悪事をしかけた側から見ても『罪のない人』が、である」
忘れられかけたホロコーストの闇を徹底的に暴いた国が、今度はジェノサイドを忘却する。シヴァンが発掘するまでアイヒマン裁判の映像が封印され、忘れられていたのも頷ける気がしてくる。
《参照/引用文献》
"Jerusalem, Take One! Memoirs of a Jewish Filmmaker"by Alan Rosenthal (Southern Illinois University Press, 2000)
『七番目の百万人――イスラエル人とホロコースト』トム・セゲフ 脇浜義明訳(ミネルヴァ書房、2013)
『贅沢な戦争 イスラエルのレバノン侵攻』 アモス・オズ 千本健一郎訳(晶文社、1993)
○映画情報
『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
公開:4/23(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA他全国ロードショー
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