コラム

仲裁裁判所の判断が中国を追い詰める

2016年07月13日(水)16時06分

CSIS Asia Maritime Transparency Initiative/DigitalGlobe/Handout via Reuters

<オランダ・ハーグの仲裁裁判所が、南シナ海に対して中国が主張する権利は認められないという判断を下した。これに従いたくない中国はこれから3つのことをする。「勝訴」したフィリピンを援助で懐柔する、西側とのバランスを取るためロシアに近づく、そして人工島建設は一層加速するだろう> (写真は南シナ海スプラトリー諸島。電波塔のようなものが建設されている)

 2016年7月12日、「中国が南シナ海のほぼ全域の管轄権を主張していることが国際法に違反している」などとして判断を求めていたフィリピンの申し立てに対して、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が、最終的な「判断」を発表した。「判断」は、501ページにも及ぶ。

 日本でも大きく報道されたとおり、仲裁裁判所は、中国が主張する南シナ海のほぼ全域にわたる管轄権について、「法的な根拠はない」として、全面的に否定したのである。フィリピンの主張をほぼ全面的に認めたのだ。そして、この「判断」という言葉には、法的拘束力を持つニュアンスの言葉が使用されている。中国とフィリピンは、この「判断」に「従わなければならない」のである。従わなくても罰則規定はないが、国際社会の中で「無法者」のレッテルを貼られることになる。

【参考記事】仲裁裁判がまく南シナ海の火種

 まず、中国が、南シナ海に設定した「九段線」と呼ばれる境界線の内側に「主権」や「管轄権」が及ぶと主張することに対して、国際法上の根拠はないとした。さらに、「歴史的権利」があると主張していることについて、「中国が、この海域や資源に対して歴史的に排他的な支配をしてきたという証拠はない」と指摘している。「九段線の内側にある資源に対して中国が歴史的な権利を主張する法的な根拠はない」という判断を下したのだ。

中国の詭弁

 中国は、南シナ海のほぼ全域に対して主権が及ぶかのような主張をしてきたが、そもそも、国連海洋法条約等の国際法に照らせば、その主張が通らないということを理解している。だからこそ中国は、慎重に「領海」という言葉を使うのを避けてきた。中国外交部(日本で言う外務省)なども、「中国は、南シナ海に存在する全ての島嶼およびその付近の海域に、議論の余地のない権利を有する」と主張してきたのである。

「付近の海域」とは、極めてあいまいな表現である。中国は、わざとあいまいな表現を用いたのだ。実質的には、「中国の権利は南シナ海全てに及ぶ」と言いたいのだが、国連海洋法条約に定める「領海」では、南シナ海全体をカバーできない。反対に「南シナ海全体に主権が及ぶ」と言ったら、明らかに国際法違反になってしまう。そこで、「付近の海域」という表現になる。

 さらに、「領海」以外に、中国の権利を主張するための根拠として、「歴史的権利」という概念を持ち出してきた。「国連海洋法条約はともかく、中国はもっと古くから南シナ海全体を管理してきたのだから、中国のものだ」という理屈である。そこで、「主権」という、領土や領海に対して用いられる言葉を避け、「管轄権」なる概念で権利を主張してきたのだ。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

筆者の過去記事はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、11月は48.2に低下 9

ワールド

ウクライナ、和平案巡り欧州と協議 ゼレンスキー氏が

ビジネス

米、英の医薬品関税をゼロに NHS支出増と新薬価格

ビジネス

インタビュー:USスチール、28年実力利益2500
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 5
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story