オリンピックの終焉──裸足の王者アベベはもういない
実際、そういう感覚が選手たちにも、応援するわれわれにも出てきている。
柔道の井上康生の成功のひとつの要因は、選手たちに国を背負うな、自分のために戦えと叩き込んだことにある。
私たちも、卓球であれば、やはり、中国の選手たちの異次元のプレイに感嘆するし、賞賛を惜しまない。
自分の国だけを応援し、盛り上がる、村同士の対抗のお祭りの時代はとっくに終わったのだ。
ビジネスとなり、プロスポーツが前提となった、個人間でも国の間でも不公平なオリンピックの意義はなくなったし、国ごとが戦うという虚構も、虚構ですら邪魔になったのだ。
だから、オリンピックは東京2020を最後に終焉を迎え、消えていくのである。
少なくとも、意義があり、私たちが素直に感動できるオリンピックは、コロナがあろうがなかろうが、もはや存在しないのである。
*この記事は「小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記」からの転載です
なぜ1人10万円で揉めているのか 2021.12.14
大暴落の足音 2021.12.02
いま必要な政策は何もしないこと 2021.11.11
経済政策は一切いらない 2021.11.10
矢野財務次官が日本を救った 2021.11.01
今、本当に必要な経済政策を提案する 2021.10.18
すべての経済政策が間違っている 2021.10.14