MMT(現代貨幣理論)の批判的検討(3)─中央銀行無能論とその批判の系譜
中央銀行はどのように金利を調整すべきか
ヴィクセルが論じたように、マクロ経済の安定化のためには中央銀行による適切な金利調整が必要不可欠だとすれば、それはこれまで、どのような制度によって担保されると考えられてきたのであろうか。
古典派経済学者たちについていえば、彼らは概ね、信用貨幣に金兌換を課すこと、すなわち金本位制こそがその必要条件と考えていた。というのは、もし中央銀行の低金利政策によって貨幣が過剰に発行された場合には、インフレや為替下落が生じ、中央銀行が保有する金準備の流出が生じるので、中央銀行はそれを阻止するために金利を引き上げざるを得なくなると考えられたためである。こうした19世紀的原理は、後にケインズによって「金本位制のゲームのルール」と名付けられた。
ケインズが『貨幣改革論』(1923年)で批判したように、金本位制には金本位制なりの大きな欠陥がある。それは、金準備という「足かせ」に縛られて貨幣供給が不足しがちになり、デフレが生じがちになるという点である。しかし、リカードウやソーントンの時代のように、中央銀行の役割も明確ではなく、また真正手形主義による野放図なインフレのリスクが明らかな状況では、その足かせの方が「まだまし」と考えられたのである。
1971年のニクソン・ショックすなわちドルと金の兌換停止、さらには世界的固定為替相場制度としてのブレトン・ウッズ体制の崩壊によって、世界は最終的にMMT論者のいう「制約なき不換紙幣(fiat money)」の体制に移行した。各国はもはや、金融政策を為替平価維持のために割り当てる必要はなくなった。そこで、政策運営の基本枠組みとして主要中央銀行が採用し始めたのが、「中央銀行がマネー・サプライを安定化させるように政策金利を調整していく」という、マネタリズム由来のマネタリー・ターゲティングであった。
しかし、このマネタリー・ターゲティングは、いくつかの理由により、1990年代半ば以降は徐々にすたれていく。その後に主流になったのは、「中央銀行がテーラー・ルール的な金利調整ルールを用いてインフレ目標を達成する」という、インフレ・ターゲティングである。このテーラー・ルールとは、「中央銀行がインフレ率と産出ギャップを両睨みしながら政策金利を調整する」というルールである。こうした政策論の理論的裏付けとなっているのが、MMT派が批判してやまない「新しい貨幣的合意(NMC)」である。しかしそれは、ヴィクセルが提起した課題に対する、現代の「正統派」マクロ経済学からの現時点での回答なのである。
MMTと反緊縮正統派の呉越同舟が続く理由
以上が示すように、正統派とMMT派とは、基本的に水と油にように混じり合わないマクロ経済思考の上に構築されている。しかし、クルーグマンやブランシャールなどが典型であるが、反緊縮正統派の側からは時々「少なくともゼロ金利であるうちはMMTと共闘できる」といった発言が聞こえてくる。それはなぜかといえば、1990年代末以降の日本やリーマン・ショック後の各国のように、金融政策が政策金利の下限に直面した状況では、「金利調整を通じたマクロ経済の安定化」というNMCの根本戦略が実行不可能になるからである。反緊縮正統派の多くが、金融政策と財政政策との何らかの意味での政策協調を訴えているのはそのためである。反緊縮正統派が唱えるその政策協調は、財政政策が主導し金融政策がそれに同調するというMMTの政策戦略と、少なくとも結果においては一致する。
しかしながら、インフレ目標が達成されてゼロ金利の世界を抜け出そうとしたとたんに、両者は再び元の対立関係に戻る。MMTは当然、これまで通り、中央銀行による金利調整の無効性を訴え、マクロ安定化の役割をすべて財政政策に担わせようとするであろう。それがMMTの基本的な論理だからである。しかし、正統派の多くは当然ながら、「中央銀行による金利調整もなしに財政政策だけに頼るのでは、マクロ経済の安定化など到底実現できるはずはない」と考える。それは、ヴィクセル的な不均衡を自ら引き寄せるようなものだからである。浜田宏一・内閣参与がその論考 Does Japan Vindicate Modern Monetary Theory?で述べているように、それはまさに最悪の選択(the worst thing to do)なのである。
(以下、MMTの批判的検討(4)に続く)
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