最新記事
シリーズ日本再発見

なぜ日本には「女ことば」があるの?──翻訳してみて初めて気づいた「男ことば」という存在

2023年07月24日(月)12時18分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)

「いい娘(こ)」でなんかいなくていい、「生意気な女」になって自由に生きようと呼びかけるこの本で、心理学者であるエーアハルトは女性のことば遣いについて、次の一文を皮切りにいくつもの興味深い指摘をしています。

お行儀のよい娘は口にしない一連の言葉がある。すでにここで言葉のうえでの制約がはじまっている。言葉づかいにおいても女性は微妙にへりくだっている。

その微妙さゆえに、これを正確にあぶりだすことはむずかしいが、実はこれは非常に大きな影響力を持っているのだ。


女とことばの問題は日本だけではない──

わたしは大きな衝撃を受けました。1960年代後半にドイツに留学し、フェミニズムの台頭を目の当たりにしたわたしは、ドイツの女性は日本の女性よりずっと自立しているとばかり思っていたからです。

どうやらこれは思っていたよりずっと厄介な問題らしい......わたしはため息をつき、そんな思いを抱えたまま、ふたたび仕事の日常へと戻っていきました。

それから幾星霜(いくせいそう)。ドイツの日本文学研究者であるイルメラ・日地谷゠キルシュネライトの論考『性別の美学』を手にしたわたしは、長年澱(おり)のように心に溜まっていた問い「日本にはなぜ女ことばがあるの?」にひとつの答えを見出しました。

『性別の美学』は、日地谷゠キルシュネライトが日本の女性作家たちと対談した記録『〈女流〉放談──昭和を生きた女性作家たち』に収録されたもので、そのなかで彼女は、かつて日本で暮らしたときに味わった困惑について次のように回想しています。

日本に来て日々驚かされたのは、日本社会においては人々の行動規範や自己理解や世界観が当たり前のように性別の違いによって区別され、美学化されている様子であった。

このような日本人独特の意識・価値観を、日地谷゠キルシュネライトは「性別の美学」と名づけました。

でも......彼女の困惑はこのときが初めてだったのでしょうか。いや、ずっと以前、日本語を学び始めたときにそれはすでに始まっていました......ほかでもない「女ことば」の存在です。

長い間、なぜ、私は、クラスメートの男子と同じように「腹が減った」とは言えずに、「お腹が空いたわ」と女性用のやわらかい表現を使わなければならないのか、理由がまるで分からなかったのだ。

この論考に触発され、わたしはかつて自分の大きな関心事であり、いまも変わらず使っている女ことばについて、その歴史的背景をも含めてじっくり考えてみたいと思うようになりました。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債権者、返済猶予延長承認し不履行回避 

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中