最新記事
シリーズ日本再発見

なぜ日本には「女ことば」があるの?──翻訳してみて初めて気づいた「男ことば」という存在

2023年07月24日(月)12時18分
平野卿子(ドイツ語翻訳家)
日本語

v_v_v-shutterstock

<「女ことば」では、なぜ「腹が減った」とは言えないのか。「女らしい話し方」は他の言語にもあるが、日本の「女ことば」には日本独自の背景があった...>

「女ことば」を手がかりに、日頃、私たちが何気なく使っていることばをジェンダーの視点から見つめなおす。ドイツ語翻訳者の平野卿子著『女ことばってなんなのかしら? 「性別の美学」の日本語』(河出新書)より一部抜粋。

◇ ◇ ◇

 
 
 
 

30年ほど前、ドイツの小説を翻訳していたときのこと。男同士の殴り合いの場面を訳しながら、わたしはそれまで味わったことのない高揚感を感じている自分に気がつきました。

「とっとと失せろ、この野郎! 貴様は疫病神だ、もとのドン底生活に戻れ!」

なんなんだ、これは! こんなこと、生まれてから一度もいったことない。なんていい気持ちなんだろう。胸がスカッとする。

これが、「男ことば」の効用に、つまりことばにおける男の特権にわたしが気がついた記念すべき瞬間でした。そんなわたしの口をついて出てきたのは──「カイ、カン!」。

そう、映画『セーラー服と機関銃』で、薬師丸ひろ子が機関銃を連射したときのあのセリフです。パソコンに向かってひとり、「カイ、カン」とつぶやいたときのことを、わたしはいまでも忘れることができません。

罵倒することと機関銃を思うさまぶっ放すことは、どこかつながっている。どちらにも、怒りを発散し、気持ちを解放することによる高揚感があるからです。

思えば、自分がそれまで文字通り吐く息のように「女ことば」をしゃべっていたことを、わたしはこのとき生まれて初めて意識したのでした。同時に、わたしのなかに小さな疑念が生まれました。

日本にはなぜ女ことばがあるの? 女ことばってなんなのかしら?

けれどもその思いは、日々の雑事に埋もれ、やがて薄れていきました。

ふたたび女ことばについて考えるようになったのは、1994年にドイツで発表されるやたちまちミリオンセラーになったウーテ・エーアハルト『誰からも好かれようとする女たち』(原題は『かわいい女は天国へいくが、生意気な女はどこへでもいける』)を翻訳したことがきっかけです。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中