最新記事
シリーズ日本再発見

美人女給は約100年前に現れた──教養としての「夜の銀座史」

2023年04月20日(木)19時55分
小関孝子(跡見学園女子大学観光コミュニティ学部講師)
日本人女性

写真はイメージです kazuma seki-iStock

<アニメ『文豪ストレイドッグス』の舞台となった銀座の老舗バー「ルパン」は、95年前、カフェーの女給が開業した。「女給」とは何か。その知られざる歴史を紐解く>

もし、昔の銀座にもどってお酒を飲めるなら、1928(昭和3)年がおすすめだ。関東大震災で焼け野原になった銀座が復興を果たし、「新銀座」が姿をあらわした時期である。世界恐慌や昭和恐慌が起きる前でもあるので、明るい気分で銀ブラを楽しめるにちがいない。

銀座5丁目の老舗バー「ルパン」が開業したのも1928(昭和3)年のことである。「ルパン」は当時の趣のまま営業を続けている銀座で唯一のバーと言ってよいだろう。

昭和初期のノスタルジックな空間に包まれて飲むお酒は格別に美味しい。銀座を愛する紳士淑女に支持され、今年で創業95周年を迎える。「ルパン」は戦前のバー文化を現在に伝える大人の店である。

しかし最近では、常連さんたちに交じって新たな客層が集まっている。「ルパン」がアニメ「文豪ストレイドッグス」の舞台となったことで、アニメファンが国内のみならず海外からもやってくる。

いわゆるアニメの聖地巡礼のひとつとなっているのである。昔からの常連に加えて、アニメファンや外国人観光客を分け隔てなく受け入れる「ルパン」の懐の深さには脱帽である。

そもそも「ルパン」の聖地化は今に始まったことではない。「ルパン」には聖地としての顔がいくつもあるのだ。店のカウンターで撮影された太宰治、坂口安吾、織田作之助のポートレート写真は有名で、彼ら無頼派の文学ファンにとって「ルパン」は憧れの場所である。

もちろん推理小説・怪盗ルパンのファンにとっても、一度は足を運んでみたい場所だろう。路地裏に光る「ルパン」の看板は、不思議と怪盗ルパンと目が合ったような気がして、店に入らずともつい写真を撮りたくなる。看板デザインという点でも「ルパン」は聖地である。

女給だったが独立し「ルパン」を開業したなつさん

かく言うわたしも「ルパン」を聖地とあがめるファンのひとりだ。わたしにとって「ルパン」は〝女給″の聖地なのである。

〝女給″とは、カフェーで働いていたウェイトレスのかつての呼び名である。この言葉はやがて蔑称として使用されるようになったため、現在ではほとんど目にすることがない。

先日「ルパン」を訪れた目的は、女給の通史をまとめた拙著『夜の銀座史――明治・大正・昭和を生きた女給たち』(ミネルヴァ書房)を献本するためであった。「ルパン」を開業したのは、なつさん(本名は雪子さん)という女性である。なつさんは「カフェー・タイガー」という有名なカフェーで女給として働いたのち、独立して「ルパン」をオープンさせたのだった。

女給の本を書いたからには「ルパン」に献本したい、そんな思いでおそるおそる扉を開けた。偶然にも店の中央に飾られているなつさんの絵の前に案内された。その似顔絵は東郷青児の作品で、なつさんご本人がとてもお気に入りだったそうである。

拙著について暗黙の了解をもらったと勝手に思うことにして、名物のモスコミュールに口をつけた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、28年にROE13%超目標 中期経営計画

ビジネス

米建設支出、8月は前月比0.2%増 7月から予想外

ビジネス

カナダCPI、10月は前年比+2.2%に鈍化 ガソ

ワールド

EU、ウクライナ支援で3案提示 欧州委員長「組み合
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中