最新記事
シリーズ日本再発見

1970年2月、北海道でひとつの街が消滅した

2021年02月04日(木)16時45分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

尺別炭砿は「企業ぐるみ閉山」に追い込まれた

そこで本書では、閉山した炭鉱から全国へ離散した人々の、その後の物語に焦点が当てられている。

それは、単に人々の移動・移住といった思い出話に留まるものではなく、戦後日本がたどった産業転換と労働力の移動という歴史の内側を描くことになるからだ。

その中心に据えられているのが、北海道東部の音別町(現・釧路市)にあった尺別(しゃくべつ)炭砿だ。


はじめてこの地を訪れた人は、「北海道の大自然」という印象を抱くだろう。しかし、かつてそこは、二十四時間体制で石炭が掘り出され、鉄道が走り、四千人が暮らす炭鉱街であり、人びとの故郷だったのだ。(18ページより)

鉱員の多くは30〜40代で、彼らの大半が妻と子を持っていた。当然、街には小学校も中学校もあり、1000人近くの児童・生徒が在籍していたという。

しかしながら、1970年2月27日、全従業員が解雇され、尺別炭砿は閉山した。

当時、政府は石炭企業の借金を肩代わりし、さらに退職金などに充てるための交付金まで出して、会社自体の撤退を推進していた。当然、多くの企業が解散という道を選択し、全国で大手炭鉱の閉山が相次いだ。

尺別炭砿も、そうした「企業ぐるみ閉山」に追い込まれたのだ。

尺別炭砿のあった地域は都市部から遠く離れた山あいで、炭鉱を失った人々にとって、そこに留まって生きていく選択肢はなかったという。彼らはわずかな期間のうちに街を離れなければならなくなり、全国へと散っていった。

そして、ひとつの街が消滅した。

閉山から50年たった今も〈つながり〉は生きている

本書では、炭鉱コミュニティという独特の世界での暮らしぶりや、炭鉱閉山と、それに伴う地域の崩壊という衝撃の展開が、多くの証言とともに丹念に描かれている。

だが、ここで語られる物語の核心と呼べるのは、人々の「その後」であり、そこにある「つながり」だ。

炭鉱という危険を伴う職場では従業員同士の信頼関係が不可欠で、互いの命を預けるほどの仲は「一山一家」とも言われ、強い連帯で結ばれていた。

一方、地上で家庭を守り、3交代制勤務の夫を支えた女性たちの間にも、固有の使命感とつながりが育まれたという。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中