最新記事
シリーズ日本再発見

着物は手が届かない美術品か、海外製のインクジェット振袖か

2020年06月04日(木)16時30分
島田昌和(文京学院大学経営学部教授)

そんなオーバーな、と思われるだろうが少し数字で示してみたい。絹の原材料、生糸の国内生産は2008年にわずか382トンである。1970年代以前で10万トン以上あったものがである。生糸を絹糸にする製糸工場は国内に2工場が稼働するのみである(2005年)。国内の絹織物であるが、ピーク時に3万トン近くあったものが、2007年に2000トンを切っている(『きものとデザイン』序章)。

少しデータが古いが、この状態は現在さらに悪化している。着物の売り上げはバブルのピーク時に2兆円と言われたものが、2018年には2618億円と4分の1の規模に縮小している(『Kyo Wave』2020年春号)。そして縮小した現在のこの数字の大きな部分が海外生産品というわけだ。

つくり手・売り手の150年を追う

すっかり話が暗くなった。それではあなたはいったいどうしろと言うのだ、と思われていることだろう。着物が日常から離れ、消費者が品質を見分ける力をなくした今だからこそ、日常身にまとうファッション品の視点や、それを成り立たせる産業の視点で、これまでの製品とそのデザインをたどってみることに答えがあるかもしれないと思い、行動を起こした。

私自身は経営史という分野の研究者をやっていて、織物産業の研究者に織物のデザインに着目して共同研究しようと呼び掛けた。服飾史や文化人類学などの領域の研究者を文化としての服飾から産業としての着物商品に着目してみませんかとお誘いした。マーケティング領域の経営学者にアパレル産業の研究のように着物ビジネスを見てみませんかと持ち掛けた。それで出来上がった成果物が『きものとデザイン――つくり手・売り手の150年』(ミネルヴァ書房、2020年5月刊)である。

何がわかったのだろうか。まず、着物のつくり手たちのチャレンジが実に面白い。着物のデザインは織りと染の両方でなされてきた。単純化すると糸を織る段階で絵柄を付けるのが織りであり、反物に後から染めて絵柄を付けるのが染である。もちろんこれらの併用があるわけだが、織りと染は双方に相手のできるデザインを自分たちでもできないかと技術革新に挑んだ。

例えば、織り柄はストライプやチェックなどの水平と垂直の柄が一般的だが、斜め線が描きたくなる、滑らかな曲線を織りでできないかとなり、それらをものにしていった。染はもともと手書きで描かれていたが、織りのように量産化したくて型染ができ、銅の丸い筒にエッチングのようにして描いた柄に染料をのせて布に転写する機械捺染が発明されていく。それらの製品の裏を見て、これは機械捺染と見破られるのが悔しくて表裏の両面に同時にローラーする機械を作り出した。

染物はデザインにずれがないから絣柄の織物のような味がないと言われ、わざわざ線をずらすデザイン画を描いた。染職人から言わせると織りの方が高級なんだそうである。こんな不思議な競争関係というか負けず嫌いの精神がそれぞれの産地の着物デザイン技術を進化させたのである。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税で実効税率17%に、製造業「広範に混乱

ワールド

「影の船団」に偽造保険証書発行、ノルウェー金融当局

ワールド

焦点:対日「相互関税」24%、EU超えに政府困惑 

ワールド

OPECプラス8カ国、カザフの超過生産巡り協議へ 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台になった遺跡で、映画そっくりの「聖杯」が発掘される
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 5
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 6
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 7
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 8
    博士課程の奨学金受給者の約4割が留学生、問題は日…
  • 9
    アメリカで「最古の銃」発見...いったい誰が何のため…
  • 10
    トランプ政権でついに「内ゲバ」が始まる...シグナル…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 9
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中