最新記事
シリーズ日本再発見

着物は手が届かない美術品か、海外製のインクジェット振袖か

2020年06月04日(木)16時30分
島田昌和(文京学院大学経営学部教授)

akiyoko-iStock.

<美術館で高く評価される一方、売り上げはピーク時の4分の1。成人式の振袖に特化し、なんとか息をしているのが日本の着物業界の現状だ。だがそんな今だからこそ、驚きに満ちた着物のデザインをたどってみる。そこに、着物を日常のおしゃれ着として取り戻すためのヒントがある>

2020年になって春先に英国ロンドンのビクトリア&アルバート博物館で大規模なKIMONO展が開催され、この春には東京の国立博物館でも特別展「きものKIMONO」が開催される予定であった(新会期が2020年6月30日~8月23日と発表された)。期せずして国内外で着物の美しさが高く評価され、一堂に集められた多様な着物のデザインを見てみたいという欲求が高まっている。

過去から現在に至る華麗にして多様な着物のデザインに目が向いていて、個人的にもここ数年着物を着始めた日本人の一人として、思わず万歳と叫びたくなるような快挙である。

レンタル着物隆盛の影で

新型コロナウイルスの蔓延でしばし目にしていないが、京都や鎌倉、浅草などの観光地では洋の東西を問わず、きらびやかであったり、大正ロマン調であったりと、様々なレンタル着物を身につけた観光客が伝統的な建造物などを背景にして写真を撮っている。これも老若男女、世界中の人に着物が広がっているような幸福感に浸らせてくれる。

その一方で2018年の成人式には振袖の販売・レンタル・着付けを事業とした「はれのひ」の突然の事業停止、それに伴う被害総額が2億円以上という世情を騒がせる騒動があった。

巨額のお金が動く華やかな振袖ビジネスには、縮小する着物業界に負の構造があることを白日の下に晒した。我が娘の晴れのイベントにお金をつぎ込むことを厭わない親に付け込んだビジネスモデルが、着物業界の最後の砦になっていたのである。

ロンドンと東京の名だたる美術館で着物が取り上げられたのは、展示のコンセプトはそれぞれであっても、現代の日本の着物を取り巻く環境が実に厳しい現実への危機感を共有していることにあるようだ。着物は欧米のファッションに長年にわたって多大な影響を与え続けたにもかかわらず、成人式の振袖に特化し、見かけだけの華やかさのみに寄りかかっていて、なんとか息をしているのが日本の着物業界の現状である。

インクジェット方式で絵付けされた振袖

実は現在の華やかな振袖の多くは海外で生産されていて、インクジェット方式で絵付けされたものが大半である。そんな海外製の現代技法の製品が驚くような売値だったり、レンタル料になっていたりするのである。これらのものが一概に質が悪いというわけではないが、購入やレンタルに支出している消費者のうち、それを知っている人はどの程度いるものだろうか。

この実態で日本の伝統織物文化を残せるのか。そこが問題だ。きらびやかな振袖もその多くを海外で、伝統技法にそっくりに見える現代技法で作って人々に受け入れられている。

国内の伝統的な産地で伝統的な織りや染の技法で生産されたものはもはや値が張りすぎて手が出るものではない。西陣織、京友禅染、加賀友禅染、博多帯、結城紬、大島紬といったそれぞれに特化した産地、桐生・足利、伊勢崎、米沢、十日町などの全国の織物産地がどこも廃業・消滅の危機に瀕している。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ウ大統領、和平案巡り「困難な選択」 トランプ氏27

ワールド

米、エヌビディア半導体「H200」の中国販売認可を

ワールド

プーチン氏、米国のウクライナ和平案を受領 「平和実

ビジネス

ECBは「良好な位置」、物価動向に警戒は必要=理事
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体制で世界の海洋秩序を塗り替えられる?
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中