コラム

ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか

2019年05月31日(金)16時30分

特集「百田尚樹現象」(6月4日号) Satoko Kogure-Newsweek Japan

<大反響「百田尚樹現象」特集は、どのようにして生まれたのか。百田尚樹氏を取り上げたことへの賛否の声に、編集部の企画趣旨を説明します>

ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか。

5月28日に発売された特集「百田尚樹現象」(6月4日号)に、大きな反響をいただいています。有難いことに、読んでくださった方から評価する声がたくさん届いていますが、なかには特集を告知した時点で「天下のNewsweekが特集するテーマですか?」「これ持ち上げてるの?disってるの?」という質問も見受けられたので、なぜこの特集を組むことにしたのか、お話しさせていただこうと思います。

そもそもの出発点は、『日本国紀』(幻冬舎)は一体誰が読んでいるのか、というシンプルな問いでした。65万部のベストセラー本として書店には平積みになっているのに、周りで「読んだ」という人には出会わない......。それでも、百田氏の本は小説も含めてヒットを重ね、ツイッターでの発言には「いいね」がたくさん付いていく。「見えない」世界を前にしたとき、2016年に駐在していたニューヨーク支局で、トランプ大統領の誕生とともに「もう1つのアメリカ」を突き付けられた経験を思い出しました。

当時、アメリカのリベラルメディアの多くは「トランプ現象」の本質とその広がりを見抜けていませんでした。ドナルド・トランプ氏を暴言王、差別主義者と批判し、アメリカ国民がそんな人を大統領に選ぶはずがないと、どこかで「信じて」いました。しかし結果として、投票した有権者の半数がトランプ氏に入れた。その現実を前にした時、米メディアのリベラルエリートたちは、自分たちは実はマジョリティーではなかった、東海岸と西海岸の都市部からは見えていない、もう1つのアメリカがあったのだと思い知ることになりました。

もちろん、百田現象とトランプ現象を同列に並べることはできません。そもそも、百田尚樹「現象」など存在しないという見方もあります。しかし、現象の広がり方や立場などに違いはあるにせよ、2人には共通点がありました。どちらもテレビ番組の手法を熟知し、ツイッターでポリティカル・コレクトネス(政治的公正さ)など意に介さない言動を繰り返す。

私がアメリカで取材していて、トランプ支持だがトランプ氏の過激な発言そのものは支持しないという人に多く出会ったように、百田氏の本を買う人たち全てが百田氏の考えに同調しているわけではないでしょう。それでも、まるで「隠れトランプ支持者」のように、ネット空間には百田氏の発言や考えを強く、または緩やかにでも支持する人たちが存在します。それが何を意味するのかを、メディアは捉えきれていないように思いました。

自分たちに見えていないものがあるのだとしたら、まずはそれを可視化したい、分からないものを読み解く特集を作りたい、というのが「百田尚樹現象」の企画趣旨です。加えて言えば、ニューズウィーク日本版には百田氏の著作によって出版社が利益を得ているから踏み込みづらいという「週刊誌メディアの作家タブー」がない、という事情もありました(この点は、「百田尚樹『殉愛』の真実」〈宝島社〉に詳しいです)。

さらに加えれば、(これは内輪の話になりますが)本誌編集長と副編集長を含め大阪で『探偵!ナイトスクープ』を番組開始当初から観て泣いたり笑ったりしていた人たちからは、昨今の百田氏の言動を見て、人情深い同番組の構成作家・百田尚樹との二面性を謎解きしたいという声も上がっていました。

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル、イラン核施設への限定的攻撃をなお検討=

ワールド

米最高裁、ベネズエラ移民の強制送還に一時停止を命令

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 4
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 5
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 6
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 7
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 8
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 9
    トランプが「核保有国」北朝鮮に超音速爆撃機B1Bを展…
  • 10
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story