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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
軽井沢発、異色の学校が教育界を変える?
英語教育が話題になると必ず、「英語なんてただの道具。何を話すかという中身のほうが大切だ」と反論する声があがる。優劣をつけられる類のものではないと思うが、確かに一理ある。現在発売中の本誌7月23日号の英語特集「TOEFL時代を制する英語術」でも、TOEFL対策予備校の先生が、英語力以前に「そもそも自分が何を訴えたいのか思いつかない日本人が多い。物事を批判的に考え、自分の言葉で発信する経験が非常に少ない」と嘆いている。
物事を批判的にとらえる思考力や、自分の意見を堂々と主張できるディベートの力──。これらは日本の教育システム全体がかかえる課題として昔から問題視され、さまざまな試行錯誤も行われてきた。でも、具体的に何をすればいいのか、明確な指針はいまだに見つかっていないように思える。
そんな日本の教育界にとって1つのロールモデルになるかもしれない学校が生まれようとしている。長野県・軽井沢町の別荘地に来年秋に開校するインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)だ。
ISAKは、高校1〜3年(各学年50人)が英語で学ぶ日本初の全寮制インターナショナルスクール。アジアを中心に世界各国から選抜された生徒が親元を離れて単身留学する高校で、日本人の生徒も3割程度入学する見込みだ。
めざすのは、知性と思考力を備え、リスクを取って変革を起こせるアジアのリーダーを育てること。思考力や表現力を重視した国際バカロレア(IB)のカリキュラムをベースに、単に正解を教えるのではなく、徹底的な討論や体験学習を通じて「考える方法」を磨く、探求型の双方向授業が展開される。
授業はすべて英語で行われるから、もちろん高い英語力が身につく。だが、3年前から行われているサマースクールを見ると、最大の魅力は、世界中から集まった仲間との共同生活そのものにあるようだ。さまざまな国や社会階層出身の生徒が寝食を共にすることで、多様な背景をもつ人との関わり方を肌で学べる(潤沢な奨学金が用意されており、社会的・経済的に恵まれない家庭の子も入学できる)。カフェテリアや寮の運営を任され、衝突や失敗を重ねながらルールを作り上げていく体験も、リスクを冒して何かに挑んだり、リーダーシップのあり方を模索する格好の場になる。与えられた課題に答えを出す力より、自分で問題そのものを嗅ぎ付け、その解決策を編み出す力こそが必要だいう信念は、学校生活のあらゆる場面に息づいている。
こんなユニークな学校が、インターナショナルスクールとして初めて、文科省の認可を受けた「1条校」(いわゆる「普通」の日本の高校という位置づけ)になったことには、大きな意義があると思う。実際、この7月に校舎や寮が完成したばかりの小さな学校に寄せられる期待は非常に大きい。
設立準備財団代表理事の小林りんさんが「アジアに変革を起こせるリーダーを育てる学校をつくりたい」と動き出してから5年。壮大な夢が校舎完成という節目を迎えるまでには、リーマンショック後の資金難や教育行政の壁など数々のハードルがあったという。7月の3連休に軽井沢で行われた竣工式では、早い時期からISAK構想を応援してきた出井伸之・ソニー元社長と日本アイ・ビー・エムの北城恪太郎・相談役が「実は本当に出来るなんて思っていなかった」と口をそろえ、会場を沸かせたほどだ。
いくつもの難局を乗り越えられたのは、「日本の教育を変えなければまずい」という危機感を共有する多くの賛同者が手弁当でサポートを続けたおかげでもある。建築費を含めた総予算15億円のうち8億円が個人や団体からの寄付金で、企業からの支援も相次いでいる(セコムは警備システムの設備とメンテナンスを無償で提供。リクシルから寄付された太陽光発電パネルは、「売電」によって毎年300万円の奨学金を生む見込みだ)。
日本の教育界に風穴を開ける存在になってほしいというサポーターたちの期待は、すでに現実になりつつある。安倍政権が国際バカロレアの認定校を200校に増やす構想を掲げるなか、竣工式に参列した文科省の担当者は、ISAKが「いい先例」になることで改革を進めやすくなる、とエールを送った。
この夏、新築の校舎で行われるサマースクールには、首都圏や関西の有名中高一貫校をはじめ多くの学校から教師が視察に訪れ、ワークショップに参加する。「教授法から学校設立のノウハウまで、シェアできるものは何でも提供していきたい」と、小林さんは語る。「小さな1つの学校のインパクトは限られていても、横につながることで大きな力になれるから」
この学校を舞台に、英語を自在に操れるだけでなく、批判的思考力やリーダーシップを備えた若者たちが大勢育ったら──そして、そのノウハウが他の学校にも様々な形で伝播していったら──。「異端児」のISAKがこれほど注目を集めている現状をみると、そんな未来も夢ではないような気がしてくる。その頃にはもう、英語と「話す中身」のどちらが大切か、なんて不毛な議論も聞かれなくなっているはず...。
──編集部・井口景子
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