コラム

軽井沢発、異色の学校が教育界を変える?

2013年07月18日(木)10時00分

浅間山のふもとに完成したISAKの校舎(中央)と寮

浅間山のふもとに完成したISAKの校舎(中央)と寮

 英語教育が話題になると必ず、「英語なんてただの道具。何を話すかという中身のほうが大切だ」と反論する声があがる。優劣をつけられる類のものではないと思うが、確かに一理ある。現在発売中の本誌7月23日号の英語特集「TOEFL時代を制する英語術」でも、TOEFL対策予備校の先生が、英語力以前に「そもそも自分が何を訴えたいのか思いつかない日本人が多い。物事を批判的に考え、自分の言葉で発信する経験が非常に少ない」と嘆いている。

 物事を批判的にとらえる思考力や、自分の意見を堂々と主張できるディベートの力──。これらは日本の教育システム全体がかかえる課題として昔から問題視され、さまざまな試行錯誤も行われてきた。でも、具体的に何をすればいいのか、明確な指針はいまだに見つかっていないように思える。

 そんな日本の教育界にとって1つのロールモデルになるかもしれない学校が生まれようとしている。長野県・軽井沢町の別荘地に来年秋に開校するインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(ISAK)だ。

 ISAKは、高校1〜3年(各学年50人)が英語で学ぶ日本初の全寮制インターナショナルスクール。アジアを中心に世界各国から選抜された生徒が親元を離れて単身留学する高校で、日本人の生徒も3割程度入学する見込みだ。

 めざすのは、知性と思考力を備え、リスクを取って変革を起こせるアジアのリーダーを育てること。思考力や表現力を重視した国際バカロレア(IB)のカリキュラムをベースに、単に正解を教えるのではなく、徹底的な討論や体験学習を通じて「考える方法」を磨く、探求型の双方向授業が展開される。

 授業はすべて英語で行われるから、もちろん高い英語力が身につく。だが、3年前から行われているサマースクールを見ると、最大の魅力は、世界中から集まった仲間との共同生活そのものにあるようだ。さまざまな国や社会階層出身の生徒が寝食を共にすることで、多様な背景をもつ人との関わり方を肌で学べる(潤沢な奨学金が用意されており、社会的・経済的に恵まれない家庭の子も入学できる)。カフェテリアや寮の運営を任され、衝突や失敗を重ねながらルールを作り上げていく体験も、リスクを冒して何かに挑んだり、リーダーシップのあり方を模索する格好の場になる。与えられた課題に答えを出す力より、自分で問題そのものを嗅ぎ付け、その解決策を編み出す力こそが必要だいう信念は、学校生活のあらゆる場面に息づいている。

 こんなユニークな学校が、インターナショナルスクールとして初めて、文科省の認可を受けた「1条校」(いわゆる「普通」の日本の高校という位置づけ)になったことには、大きな意義があると思う。実際、この7月に校舎や寮が完成したばかりの小さな学校に寄せられる期待は非常に大きい。

 設立準備財団代表理事の小林りんさんが「アジアに変革を起こせるリーダーを育てる学校をつくりたい」と動き出してから5年。壮大な夢が校舎完成という節目を迎えるまでには、リーマンショック後の資金難や教育行政の壁など数々のハードルがあったという。7月の3連休に軽井沢で行われた竣工式では、早い時期からISAK構想を応援してきた出井伸之・ソニー元社長と日本アイ・ビー・エムの北城恪太郎・相談役が「実は本当に出来るなんて思っていなかった」と口をそろえ、会場を沸かせたほどだ。

12〜14人の共用スペースである寮のリビングルーム。日中は少人数授業の「教室」として使われることも。

12〜14人の共用スペースである寮のリビングルーム。日中は少人数授業の「教室」として使われることも。

 いくつもの難局を乗り越えられたのは、「日本の教育を変えなければまずい」という危機感を共有する多くの賛同者が手弁当でサポートを続けたおかげでもある。建築費を含めた総予算15億円のうち8億円が個人や団体からの寄付金で、企業からの支援も相次いでいる(セコムは警備システムの設備とメンテナンスを無償で提供。リクシルから寄付された太陽光発電パネルは、「売電」によって毎年300万円の奨学金を生む見込みだ)。

 日本の教育界に風穴を開ける存在になってほしいというサポーターたちの期待は、すでに現実になりつつある。安倍政権が国際バカロレアの認定校を200校に増やす構想を掲げるなか、竣工式に参列した文科省の担当者は、ISAKが「いい先例」になることで改革を進めやすくなる、とエールを送った。

 この夏、新築の校舎で行われるサマースクールには、首都圏や関西の有名中高一貫校をはじめ多くの学校から教師が視察に訪れ、ワークショップに参加する。「教授法から学校設立のノウハウまで、シェアできるものは何でも提供していきたい」と、小林さんは語る。「小さな1つの学校のインパクトは限られていても、横につながることで大きな力になれるから」 

 この学校を舞台に、英語を自在に操れるだけでなく、批判的思考力やリーダーシップを備えた若者たちが大勢育ったら──そして、そのノウハウが他の学校にも様々な形で伝播していったら──。「異端児」のISAKがこれほど注目を集めている現状をみると、そんな未来も夢ではないような気がしてくる。その頃にはもう、英語と「話す中身」のどちらが大切か、なんて不毛な議論も聞かれなくなっているはず...。

──編集部・井口景子

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story