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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
馬英九再選と中国の限界
先日のこのブログでお知らせしたとおり、今月14日投開票の台湾総統選を現地で取材してきた。国民党の現職、馬英九か、民進党の女性候補、蔡英文か。どちらが当選するか分からない混戦だといわれていたが、フタを開けてみれば馬が80万票差、得票率にして6%のリードを守って逃げ切った。
なぜか登場とともに降り出した雨の中、勝利宣言する馬英九(14日、台北)(C)NAGAOKA YOSHIHIRO
詳細は18日発売の本誌1月25日号に書いたレポートをお読みいただきたいが、現地で取材をしていて意外に感じたのは、「中国との関係は投票に影響しない」と答えた有権者が少なからずいたことだ。選挙期間中、経済、格差とともに「1つの中国」を中台が確認した「92年コンセンサス」が争点として現地メディアにひんぱんに取り上げられていた。ところが話を聞いた中間選民と呼ばれる台湾の浮動層は、みな「まず今の暮らしを守ること」を第一に掲げ、台湾経済にとって不可欠な存在になりつつある中国との関係にあえて踏み込むことを避けていた。少なくとも筆者の目にはそう映った。
だが今回の結果は中国の勝利、なのだろうか。 対中関係の見直しに踏み込む決断をしなかったからといって、台湾人が中国のすべてを受け入れたわけではないだろう。ある本省人(台湾生まれの台湾人)の友人は「人の目を気にせず大騒ぎする中国人と、何でもきちんとした日本人の中間にいるのが我々台湾人だ」と冗談まじりに評していたが、違和感を抱えつつも何とか大陸の人々とうまくやって行こう、いや、やって行かねばならない――という彼らの「覚悟」が、とどのつまりは今回の選挙結果なのだろう。ただし、裏を返せば違和感の根源は台湾人の深層心理に深い部分に残ったまま、ということになる。
ある程度予想していたのだが、今回の選挙取材では事前の申し込みや審査がまったくないままでも、国民党と民進党の集会や会見を自由に取材することができた。投開票日当日、台北市中心部にある国民党の選挙対策本部はかなり厳重な警備を敷いて入場者の出入りをチェックしていたが、名刺を示して海外メディアであることを名乗るだけで、その場ですんなり取材証を発行してくれた。こんな自由さは、何かにつけ「コネとカネ」を要求される大陸の取材では考えられない。
今回の総統選挙の結果を、中国のネットユーザーは固唾を飲んで見守っていたらしい。結果の行く末が大陸の政治に影響を与えることもあるが、何より彼らが注目したのは、自由に自分たちのリーダーを選べる台湾人への羨望の思いからだ。カネがらみの不正も一部にはあるにせよ、国民が自由な選挙で自分たちのトップを選ぶというシステムをまがりなりにも維持できている点で、台湾は明らかに中国より優れている。
逆に2500年前の孔子を持ち出さなければならないほど、今の中国にはカネ以外に語るべき理念も思想も見当たらない。今の台湾人は中国がそういう相手であることを外国人が思うよりもずっと的確に理解している。馬が想定外の苦戦を強いられたのは、和平協定を唐突に持ち出し、急速に大陸への傾斜を強める馬に対する台湾人のバランス感覚ゆえだ。
馬が再選したことで、中台の政治的統合は進むのだろうか。突発的な要素がない限り、大陸の共産党政府は今秋、胡錦涛主席から習近平国家副主席へのトップ交代を迎える。秋までは胡錦涛はレームダック状態だし、秋に党総書記の座が習に移ったあともしばらくは「安全運転」が続くだろう。少なくとも中国の側から台湾に政治的統一へ向けた動きを仕掛けることはしばらくないはずだ。
ならば、それは馬にとってチャンスなのか。任期最期の4年の間に馬が歴史に名を残す仕事をしたいと考えている可能性はある。彼が秘書として仕えた蒋介石の息子で2代目総統の蒋経国は87年に戒厳令を解除し、政治と報道の自由化に踏み切ったことで今も台湾人から広く尊敬されている。馬が目指すのが大陸との和平協定なのか、あるいは休戦宣言なのかは分からないが、それが台湾人の感情を無視した拙速なものならば、彼らの揺れ戻しは今回の選挙の比ではなくなるだろう。
台湾との政治的統合を実現するための「壁」はまだ高い。中国はそう簡単に乗り超えられないはずだ。
当選の記者会見を終えた後、呉敦義・新副総統らとVサイン。台湾政治の慣習のようだが......(14日、台北の国民党本部)(C)NAGAOKA YOSHIHIRO
――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)
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