コラム

ニュースにならない被災者の本音(その2)

2011年04月06日(水)17時19分

*ニュースにならない被災者の本音(その1)はこちら

 ある被災者が「ニュース」になるとき、そのニュースは彼らの日常的な素顔を置き去りにしたまま一人歩きすることが多い。ニュースというのは、被災者の体験で一番ドラマチックな部分だけを取り上げて報じることがほとんどだからだ。

 宮城県名取市内の避難所で、「ニュース」になった被災者家族に出会った。避難所の近くには、津波をかぶって泥まみれになった小学校がある。この小学校に通う児童の家は、小学校より海側の地区に多い。津波が来たとき、小学校の児童はほぼ全員が校舎の3階に避難して無事だったが、仕事などで海側にいた親だけが死亡したり、行方不明になっているケースが複数ある。その日に訪れた避難所は、こうした家族が多いと教えられていた場所だった。

 体育館に足を踏み入れ、受付にいた保育園の園長だという女性に話しかけると、「この避難所には親を亡くした子供が多い」と言う。そして隠す風でもなく、「この子たちの母親も見つかっていない」と隣に座っていた小学生の女の子2人を見やった。姉妹だというその2人も、あっけらかんとした様子で私と園長先生のやりとりを見ている。お姉ちゃん風の女の子が、ハキハキと「親がいない子、この避難所には結構いると思いますよ」と教えてくれた。

 この小3と小6の姉妹、そして中2の兄という3人の孫と一緒に避難所生活を送っているという祖母(67)に話を聞くと、孫たちの母親である自分の娘(38)がまだ見つかっていないという。津波が来た日の3時14分、仕事中の娘から携帯電話に「地震大丈夫?子供達は大丈夫?私は大丈夫ですから、早く避難してよ!」というメールが来た。祖母は、娘と孫3人と暮らしていた自宅が津波にのまれる直前に、中2の孫と近くの中学校に避難。次の日にこの小学校で孫娘2人と再会したが、そこには娘の姿がなかった。祖母によると、小6の姉は地震の日から数日間は泣いていたが、小3の妹は「ママのことは言わないで」と話しながらも「いつもよりはしゃいでいる」という。

「ママのこと言わないで」――私はこのフレーズと、小3の女の子の名前に聞き覚えがあった。取材日の朝、インターネットで大手新聞社が配信した記事を読んだのだ。この記事は、「ママのこと言わないで」という見出しでネットのアクセスランキングに入っていた。

 もしやと思い祖母に「新聞社の取材を受けられましたか」と聞くと、「受けた」と取材記者の名刺を見せてくれた。だが、ニュースとして報じられたことは知らないという。そこで携帯電話でネットに接続して前日に配信された記事を彼女に見せると、彼女は「ありがとうございます」と慎ましく携帯を受け取り、無言でその小さな画面に、食い入るように見入り始めた。ゆっくりと時間をかけて読み終わると、記事についての感想は一言も言わず、また「ありがとうございます」と言って携帯電話をこちらに手渡した。

 自分の孫がどんな風に報じられているのか知りたい――その思いは、都心であれ避難所であれ、同じだ。だがその願いを避難所で達成できる人は多くない。避難所によっては大画面テレビが2つあるところもあれば、新聞が無料で配られるところもあるし、携帯電話を持っている人も意外にたくさんいて、携帯電話の充電スポットも設置されている。とはいえ、こうした情報源の豊富さは避難所や個人によっても違うし、その限られた情報源をどれだけフル活用できるのかは、普段の生活や年代によっても大きく変わってくる。
 
 地震当日、固定電話も携帯電話も通じず、自宅のパソコンが停電で使えない状況でも、普段から携帯電話でネットに接続してホットメールやGメールのようなウェブメールでやりとりをしたり、ツイッターやフェースブック、ミクシィなどSNSのアカウントを持っていた人のなかには、即座に特定の相手に無事を知らせることができた人も多いだろう。そうした人なら、場所によっては避難所にいても携帯電話のネットを駆使して情報を集めたり、ワンセグを使ってテレビのニュースさえ見られるかもしれない。

 だが、そうしたツールに慣れていない特に高齢者世代には、自分たちの様子が全国で、また世界でどのように報じられているのかを知る術がないのが現実だ。そんななか、ニュースが勝手に作り上げて行く「被災者像」が被災地から発せられる小さな生の声を押しつぶしてしまう危険性だけは、肝に銘じておく必要がある。もちろんこれはどんな状況の報道にでも言える当たり前のことだが、「ニュース」になったことを知らずにいた被災者を前にして、自戒を込めてそう思った。

 この祖母は、別れ際に唯一の連絡手段である携帯電話の番号を教えてくれた。取材に応じてくれた礼を述べ、「掲載誌を送りたいのですが」と言い出してしまった私は、次に続く言葉をあわてて飲み込む――「ご住所を教えていただけますか」。

 彼女が住んでいた場所に、もう家はない。こちらの戸惑いを察したのだろう。彼女はそれまでも見せていたやわらかい微笑みを浮かべながら、こう言った。「この避難所に送っていただけますか。たぶんもうしばらくは、ここにいますから」

――編集部・小暮聡子

追記:4月6日現在、このご家族は仙台市内の親族の家に身を寄せている。祖母によると、娘は今も見つかっていない。私が避難所に送った掲載誌も、いまだ手元に届かず。多くの人の目に触れた新聞記事も、あの日小さな携帯画面で読んだきりだ。

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ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

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