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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
このベトナム戦争ドキュメンタリーは必見
アカデミー賞の話題を独占し、戦争映画の新境地を開いたと言われた『ハート・ロッカー』をご覧になっただろうか? 厳しい任務につく兵士の心理を見事に描写。ドキュメンタリーのような緊迫感。観客に兵士と同じような強烈な体験をもたらす――とベタ褒めされた理由が、個人的にはわからなかった。
戦場描写が秀逸であろうと、米兵の心理に鋭く迫っていようと、現地の米兵を否定するような描き方はしないわけで、映画の背後に隠れている「国に尽くす英雄を描く」という思いには少々うんざりさせられた。しかも「戦争は麻薬」という冒頭の言葉とラストシーンから、ああ、戦争ジャンキーのためにどれだけの命が失われているんだろう、と嫌悪感しか抱けなかった。
フィクションとノンフィクションの違いはあっても、個人的にはこちらのほうがよっぽど観る価値があると思う。ベトナム戦争を描いた2本のドキュメンタリー映画『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』(74年)、『ウィンター・ソルジャー/ベトナム帰還兵の告白』(72年)だ(6月19日日本公開)。
『ハーツ・アンド・マインズ』はアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、後のベトナム戦争モノにも大きな影響を与えた作品。2009年にリバイバル上映されている。以前にこのブログでも書かれているように作られたのは35年以上前だが、今のアメリカが抱える問題がそのまま映されているかのようだ。
『ウィンター・ソルジャー』は1971年、ベトナム帰還兵が米軍の残虐行為について「ウィンター・ソルジャー(冬の兵士)調査会」で語る姿を収めたもの(Investigationを「公聴会」と訳すことが多いようだが、調査会とか証言集会のほうが適切だと思う)。会の主催者は「戦争に反対するベトナム帰還兵の会(VVAW)」で、「ウィンター・ソルジャー」とはアメリカ独立を主導した思想家トマス・ペインの『アメリカの危機』(1776年)の一節に由来する。
この時、まだベトナム戦争は終わっていない。調査会には新聞やテレビの取材が入ったものの、米軍の非人道的行為を糾弾し、戦争終結を訴える帰還兵の言葉が国民に広く伝えられることはなかった。まあ、黙殺されたのだ。映画も72年に1日だけニューヨークで限定公開されたきり。ベルリンやカンヌ国際映画祭では上映されたが、国内では映画評が新聞や雑誌に載ることもほとんどなくやっぱり黙殺された。05年8月にリバイバル上映された際は高い評価を得たようだが、そりゃ、そうだろうと思う。
片っぱしから村を焼き、民間人を殺し、レイプし、捕虜を虐待する。その様子を帰還兵たちが淡々と語っていくのを見ると、戦争の狂気、扱われる命の軽さに胸が痛むとしか言いようがない。戦争が悲惨なのは当たり前で、勝つためなら手段を選ばないのも当たり前だろうが、とにかく、泣きを見るのはいつも権力から遠いところにいる人々なのだ。
08年3月には「戦争に反対するイラク帰還兵の会(IVAW)」が同じ名前の調査会を開いている。2本の映画とイラク版「冬の兵士調査会」が共通して浮かび上がらせるのが、白人以外に対する彼らの差別意識だ。ベトナム戦争の帰還兵は「グーク(gook=東洋人)を殺したかった」と言い、イラク帰還兵は「軍では中近東の人をハジ(haji=巡礼者)と呼び、非人間化する。個性も名前もないただのハジだ」と言う。
『ハーツ・アンド・マインズ』で印象に残ったのが、ラスト近くに出てくるある大佐のセリフだ。「東洋では、西洋ほど命の値段が高くない。人口が多いから命が安くなる。東洋の哲学からもそれが感じられる。命は重要ではないのだ」
西洋人の命より、東洋人の命のほうが軽いなんて?
『ウィンター・ソルジャー』では1人の証言者がこう語る。「このベトナム戦争、別名アメリカ戦争も数百年前のフレンチ・インディアン戦争も同じだ。大勢が殺された。今は化学兵器が使われるが、先住民との戦争では天然痘の菌が使われた。この国の歴史をたどると、同じことを繰り返している。幼いころにそれに気付き、学び続けてきた。でもテレビで先住民と騎兵隊が戦うと、騎兵隊を応援してしまう。それが悲しい」
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言うけれど――。
日本もそろそろ終戦から65年を迎える。月並みかもしれないが、あの痛ましい記憶が風化しないよう機会あるごとにこうした作品に触れるのは重要なことだ。さまざまな人の戦争経験を追体験することは、1つひとつの命の重さを想像するきっかけにもなると思う。そういう意味では『ハート・ロッカー』もあり、かもしれないが。
――編集部・大橋希
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