コラム

このベトナム戦争ドキュメンタリーは必見

2010年06月02日(水)01時45分

 アカデミー賞の話題を独占し、戦争映画の新境地を開いたと言われた『ハート・ロッカー』をご覧になっただろうか? 厳しい任務につく兵士の心理を見事に描写。ドキュメンタリーのような緊迫感。観客に兵士と同じような強烈な体験をもたらす――とベタ褒めされた理由が、個人的にはわからなかった。

 戦場描写が秀逸であろうと、米兵の心理に鋭く迫っていようと、現地の米兵を否定するような描き方はしないわけで、映画の背後に隠れている「国に尽くす英雄を描く」という思いには少々うんざりさせられた。しかも「戦争は麻薬」という冒頭の言葉とラストシーンから、ああ、戦争ジャンキーのためにどれだけの命が失われているんだろう、と嫌悪感しか抱けなかった。

 フィクションとノンフィクションの違いはあっても、個人的にはこちらのほうがよっぽど観る価値があると思う。ベトナム戦争を描いた2本のドキュメンタリー映画『ハーツ・アンド・マインズ/ベトナム戦争の真実』(74年)、『ウィンター・ソルジャー/ベトナム帰還兵の告白』(72年)だ(6月19日日本公開)。

『ハーツ・アンド・マインズ』はアカデミー賞最優秀長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、後のベトナム戦争モノにも大きな影響を与えた作品。2009年にリバイバル上映されている。以前にこのブログでも書かれているように作られたのは35年以上前だが、今のアメリカが抱える問題がそのまま映されているかのようだ。
 
『ウィンター・ソルジャー』は1971年、ベトナム帰還兵が米軍の残虐行為について「ウィンター・ソルジャー(冬の兵士)調査会」で語る姿を収めたもの(Investigationを「公聴会」と訳すことが多いようだが、調査会とか証言集会のほうが適切だと思う)。会の主催者は「戦争に反対するベトナム帰還兵の会(VVAW)」で、「ウィンター・ソルジャー」とはアメリカ独立を主導した思想家トマス・ペインの『アメリカの危機』(1776年)の一節に由来する。

 この時、まだベトナム戦争は終わっていない。調査会には新聞やテレビの取材が入ったものの、米軍の非人道的行為を糾弾し、戦争終結を訴える帰還兵の言葉が国民に広く伝えられることはなかった。まあ、黙殺されたのだ。映画も72年に1日だけニューヨークで限定公開されたきり。ベルリンやカンヌ国際映画祭では上映されたが、国内では映画評が新聞や雑誌に載ることもほとんどなくやっぱり黙殺された。05年8月にリバイバル上映された際は高い評価を得たようだが、そりゃ、そうだろうと思う。

 片っぱしから村を焼き、民間人を殺し、レイプし、捕虜を虐待する。その様子を帰還兵たちが淡々と語っていくのを見ると、戦争の狂気、扱われる命の軽さに胸が痛むとしか言いようがない。戦争が悲惨なのは当たり前で、勝つためなら手段を選ばないのも当たり前だろうが、とにかく、泣きを見るのはいつも権力から遠いところにいる人々なのだ。

 08年3月には「戦争に反対するイラク帰還兵の会(IVAW)」が同じ名前の調査会を開いている。2本の映画とイラク版「冬の兵士調査会」が共通して浮かび上がらせるのが、白人以外に対する彼らの差別意識だ。ベトナム戦争の帰還兵は「グーク(gook=東洋人)を殺したかった」と言い、イラク帰還兵は「軍では中近東の人をハジ(haji=巡礼者)と呼び、非人間化する。個性も名前もないただのハジだ」と言う。

『ハーツ・アンド・マインズ』で印象に残ったのが、ラスト近くに出てくるある大佐のセリフだ。「東洋では、西洋ほど命の値段が高くない。人口が多いから命が安くなる。東洋の哲学からもそれが感じられる。命は重要ではないのだ」

 西洋人の命より、東洋人の命のほうが軽いなんて? 

『ウィンター・ソルジャー』では1人の証言者がこう語る。「このベトナム戦争、別名アメリカ戦争も数百年前のフレンチ・インディアン戦争も同じだ。大勢が殺された。今は化学兵器が使われるが、先住民との戦争では天然痘の菌が使われた。この国の歴史をたどると、同じことを繰り返している。幼いころにそれに気付き、学び続けてきた。でもテレビで先住民と騎兵隊が戦うと、騎兵隊を応援してしまう。それが悲しい」
 
 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言うけれど――。

 日本もそろそろ終戦から65年を迎える。月並みかもしれないが、あの痛ましい記憶が風化しないよう機会あるごとにこうした作品に触れるのは重要なことだ。さまざまな人の戦争経験を追体験することは、1つひとつの命の重さを想像するきっかけにもなると思う。そういう意味では『ハート・ロッカー』もあり、かもしれないが。

――編集部・大橋希

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story