コラム

インドに足元をみられる? カナダ人シーク教徒「暗殺」疑惑で先進国が直面するジレンマ

2023年10月04日(水)15時25分

その対立が火を吹いたのは1984年6月だった。

シーク教徒の一部が総本山である黄金寺院(ハリマンディル・サーヒブ)に立てこもり、政治改革を要求した。これに対して、インド政府は軍事力による掃討(ブルースター作戦)を敢行したのだ。

この際、500人余りが殺害されたと後にインド政府は発表したが、無関係の市民を含めて殺害人数はもっと多かったという見方もあり、シーク教徒の団体は「海外メディアが入れないなか、ヘリや戦車まで動員された大量虐殺(genocide)」と表現する。

その報復として同年10月、インディラ・ガンディー首相がシーク教徒に暗殺された。これがさらに1万人近いシーク教徒が殺害される暴動に発展したのだ。

こうした背景のもと、分離独立を求めるカリスタン運動はパンジャブ州だけでなく海外に居住するシーク教徒の間に広がってきたのである。

ヒンドゥー至上主義の増幅と拡散

こうした対立は近年、再び激しさを増している。その一因はモディ首相率いる与党BJP(インド人民党)が「インド人=ヒンドゥー教徒」のイメージ化を進めてきたことにある。

BJPが政権を握った2014年以降、インドではヒンドゥー至上主義と呼ばれる過激思想が広がり、異教徒への迫害・襲撃が目立つようになった。当初とりわけ目の敵にされやすかったのはムスリムだったが、徐々にキリスト教徒などにも広がっている。

インド国内だけでなく、海外に居住するインド人がムスリムなどと衝突する事案もしばしば発生している。

こうした背景のもと、シーク教徒の間でもモディ政権への拒絶反応が強まっており、昨年2月のパンジャブ州議会選挙でBJPは過去最低の2議席しか獲得できなかった。さらに選挙期間中、パンジャブ州に入ったモディ首相は抗議デモに行く手を阻まれ、早々に州外に退避せざるを得ない事態にまで至った。

シーク教徒はインド全体では全くの少数派だがパンジャブ州人口の約6割を占める。

これをきっかけにBJPからはしばしば「シーク教はヒンドゥーの一部」といった言説が流布するようになり、それに比例してカリスタン運動への締め付けは強化されてきた。

今年3月、インド警察はパンジャブ州で数千人の治安要員を動員し、インターネットを一時遮断するなど大々的なカリスタン運動狩りを行い、指導者アムリトパル・シンをはじめ100人以上のシーク教徒が逮捕された。

インド当局は網の目を海外に居住し、インターネットなどを通じてメッセージを発信するシーク教徒にも広げている。6月に殺害されたニジャール氏に関しても、インド国家捜査局は2007年にパンジャブ州で発生した映画館爆破事件などに関与した疑いで「テロリスト」として指名手配しており、情報提供に120万ドルの報奨金を出していた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判

ビジネス

トランプ関税違憲判決、米エネ企業のコスト軽減 取引

ワールド

米USTR、新たな301条調査開始へ 主要国の大半

ワールド

トランプ氏、10%の代替関税に署名 最高裁の違憲判
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 2
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 3
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由...「落葉帰根」派も「落地生根」派も
  • 4
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 9
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 10
    ディープフェイクを超えた「AI汚染」の脅威──中国発…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 5
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 10
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story