コラム

ワグネルに代わってカディロフツィがロシアの主力に? チェチェン人「TikTok兵」の危険度

2023年06月05日(月)15時05分

その一方でプーチンはチェチェン人協力者を支援した。その頭目アフマド・カディロフが率いる勢力は、プーチン体制に忠誠を誓い、分離派やイスラーム過激派だけでなく、これらと繋がりがあるとみられた民間人も容赦なく超法規的に殺害するといった苛烈な手法をとり、その見返りにチェチェンの実権を掌握したのだ。

そのもとに置かれたチェチェン人部隊は公式にはロシア国家親衛隊(政府の直属機関でロシア軍とは別系統)の一部に組み込まれたが、実態としてはカディロフの私兵に近く、別名カディロフツィ(カディロフの部下)とも呼ばれる。

「プーチンの歩兵」

アフマド・カディロフは2004年に暗殺されたが、息子ラムザンがチェチェン共和国首長として実権を引き継いだ。その後もカディロフツィは分離派だけでなくISISなど国際テロ組織の掃討作戦を行う傍ら、シリア内戦など国外でもロシア軍と行動をともにして、プーチン体制を支えてきた。

カディロフ自身は「プーチンの歩兵」を自認している。

その一方で、カディロフツィには反対派を取り締まる政治警察としての顔もあり、カディロフ一族の支配に抗議する民主派などに対する誘拐、暗殺、暴行、レイプなども横行している。ドイツの人権団体の調査によると、チェチェンの人権侵害の75%はカディロフツィによるものといわれる。

こうした経緯から、プーチンやカディロフと敵対するチェチェン人のなかにはウクライナ軍に参加してロシア軍と戦う者もある。

ウクライナ戦争にも当初から参加

ウクライナ戦争ではこれまでワグネルが目立ってきたが、カディロフツィも当初から活動が確認されていた。

ロシア軍による侵攻開始の翌日、1万2000人のカディロフツィがチェチェンを出立し、その一部は直後にキエフ北西のホストメリでウクライナ軍と衝突した。

この戦闘でロシア側は56台の戦車を破壊されるなど大きな損失を出した。これについてカディロフはSNSで「戦術にスピード感がない」と作戦への不満を述べ、「あらゆる手段を用いた、もっと徹底的な作戦の実施」をプーチンに求めた。

その後もチェチェン人部隊は激戦地マリウポリ、民間人殺戮で注目されたブチャなどでも確認された。

なぜ目立ちにくかったか

それでもワグネルに比べて目立ちにくかった最大の要因は、戦闘にかかわることが少なかったことにある。

ジョージア国際戦略研究財団の研究員アレクサンドル・クヴァハーゼ博士は昨年、映像やメタデータの分析結果として「ほとんどのチェチェン人部隊は最前線から少なくとも20km後方にいるとみられる」と明らかにした。

なぜこれまでは最前線から離れた位置にいることが多かったのか。

理由の一つとしてあげられるのが、督戦を任務にしていたという指摘だ。

督戦とは前線に立つ将兵の後方に立ち、降伏や敵前逃亡などをさせないように見張る役目で、スターリン時代のソ連軍をはじめ、自軍兵士を信用しない軍隊にはこうしたポストが珍しくない。

一部のウクライナメディアによると、キーウ近郊での戦闘でロシア軍将兵の後方にチェチェン人部隊があったという。こうした報告が正しければ、これまで最前線に立っていたワグネルは、背後からチェチェン人に見張られていたことになる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story