コラム

G7議長国・日本が「グローバル・サウスと橋渡し」するなら、民主主義よりプラグマティズムで

2023年05月19日(金)13時50分

プラグマティズムとしての貧困対策

「価値観の強調が欧米の求心力をかえって低下させかねない」という危機感は、中国に傾く途上国を念頭に、実は10年以上前から欧米の外交筋で語られてきた。それを修正できないまま、その後も中ロが勢力を広げることを許してきたわけだ。

とはいえ、「余計なことをいわずに実利的な協力を優先する」という方針に先進国が向かった場合、中ロとの差別化は難しくなる。最近、先進国は中国を念頭に途上国・新興国でのインフラ建設を重視しているが、それもただ競合する結果になりかねない。

これに加えて、中ロと同じように、相手国の政府のみをパートナーと捉えれば、途上国・新興国の「独裁者」をただ容認することにもなりかねない。それは欧米の政府にとって「独裁者を支援している」という世論の突き上げを招きかねない。

こうした観点から、その重要性を改めて指摘したいのが、一般の人々を対象にした協力、とりわけ教育、医療、難民支援といった貧困対策だ。

コロナ禍やウクライナ戦争により、多くの途上国・貧困国でもインフレは進行していて、生活苦が広がっている。

中国の経済支援は巨額だが、その多くは巨大なインフラ建設や産業振興で、そこには「経済が成長すれば人々の生活が自動的によくなる」という、いわゆるトリックル・ダウンの考え方が鮮明である。

しかし、いくら経済が成長しても恩恵が一部の人間に握られていれば、格差が拡大するだけだ。

トリックル・ダウンの弊害は先進国も経験してきたことだが、途上国・新興国では成長率が高くても、それと同じくらい格差が大きい国も珍しくない。

だとすると、中国の協力は一定以上の所得のある人々、既得権益層にとって恩恵をもたらしやすいといえる。そのため、相手国の政府が主なパートナーに位置づけられやすいが、この点に関してはロシアの場合もほぼ同じだ。

こうしてみた時、市民生活にむしろ重点を置いた支援は、中ロとの差別化を図りやすいといえる。

欧米に花をもたせても

「必要以上に価値観を強調せず、貧困対策を通じて途上国の一般の人々に魅力を拡大する」という方針は、日本と欧米の中間をいくものだ。

先述のように、日本は欧米ほど人権や民主主義を強調してこなかった。その一方で、日本の国際協力の多くは巨大インフラ向けなどで、貧困対策は相対的に少ない。この点、貧困対策重視の欧米とは異なる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story