コラム

G7議長国・日本が「グローバル・サウスと橋渡し」するなら、民主主義よりプラグマティズムで

2023年05月19日(金)13時50分

例えば中国の場合、アフリカや中南米など地域ごとに途上国・新興国の首脳を定期的に北京に招き、中国式の国家主導の開発やメディア統制などをレクチャーしているといわれる(いわゆる北京コンセンサス)。しかし、そこで発信されているのは統治や経済運営の「手法」で、体系的なイデオロギーとまでは呼べない。

おまけに、中国は政府首脳だけの閉じられた空間でこれを行っている。これに対して、欧米のやり方はオープンで、メッセージの内容は高尚でもあるが、「ダメ出し」される途上国の政府にすれば、自国民の前でさらしものにされるような場合さえある。

おまけに、先述のように、欧米には人権や民主主義を都合よく使い分けるダブルスタンダードが目立つ。

だから、決して民主的でない政府だけでなく、ほとんどの途上国・新興国の政府にとって、欧米の頭ごなしの「説教」が反感を招きやすかったのは、当然といえば当然だ。南アフリカやインドネシアのように民主的な選挙が行われている国も、その例外ではない。

アメリカ政府は国内向けに「民主主義vs権威主義」を強調したがるが、政治体制と外交方針が一致するとは限らないのだ。

これに拍車をかけているのは、途上国・新興国からみて欧米の人権アピールが往々にして「自己満足」に過ぎないことだ。

欧米では途上国の人権を語るとき、表現の自由や投票の権利(自由権や参政権と呼ばれる)が優先的に捉えられやすく、「安心して生活する権利」という人権(社会権)が後回しにされやすい。

しかし、これが日常的に生活に苦労する人々にとって、縁遠い議論になることも珍しくない。

西アフリカのマリで2020年にクーデタが発生し、ケイタ大統領(当時)が亡命した際、欧米各国はこぞってこれを批判した。ところが、多くのマリ人がこのクーデタをむしろ支持したことは欧米で黙殺された。

ケイタ政権のもとでは表現の自由をはじめ「欧米好み」の改革が行われた一方、イスラーム過激派のテロ、貧困、難民などの蔓延に歯止めがかかっていなかった。だからこそ多くのマリ人はケイタ政権の打倒を喜び、これを頭ごなしに否定する欧米に反感を募らせたのだ。

つまり、途上国・新興国の政府だけでなく貧困層にとっても、人権や民主主義の説教は逆効果になりかねない。

そのため、経済成長、所得向上、治安回復といった価値中立的なゴール設定とそのための協力の方がよほど受け入れられやすい。マリで欧米の軍事協力が縮小され、入れ違いにロシアのワグネルが契約したことは、これを象徴する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国テンセント、第1四半期は予想上回る6%増収 広

ワールド

ロシア大統領府人事、プーチン氏側近パトルシェフ氏を

ビジネス

米4月卸売物価、前月比+0.5%で予想以上に加速 

ビジネス

米関税引き上げ、中国が強い不満表明 「断固とした措
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 7

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story