コラム

「西側に取られるなら不毛の地にした方がマシ」ロシアの核使用を警戒すべき3つの理由

2022年03月24日(木)21時45分

とすると、短期間でウクライナの戦意を喪失させる手段として、プーチン大統領の頭を「核使用」がよぎっても不思議ではない。その場合、クーン教授がいうように、実損より心理的ダメージを重視するなら、人が多くない場所をわざと選ぶこともあり得る。

ただウクライナを取られるよりマシ

第二に、今のロシアにとって、これ以上「悪名」を高めても、たいして実害はないことだ。

今のロシアはこれまでになく国際的な非難の的だ。3月2日に国連総会で採択された、ロシアに軍事活動の即時停止を求める決議に、193カ国中141カ国という圧倒的多数が賛成したことは、これを象徴する。

また、ロシア非難の国連決議に反対した中国でさえ、核使用の危機感が高まるにつれ、「'ロシアのように'自分の利益を守るため、核を脅しに使うことを、中国はしない」など、モスクワと微妙に距離を置く立場を外向けに発信するようになっている。

それでも平気なのは、恐らくプーチン政権が「力は正義なり(Might makes right)」という古い格言、日本風にいえば「勝てば官軍」の考え方に染まっているからだろう。

勝者の言い分が正義になる、という考え方の強さは、東西冷戦の事実上の勝者である西側の言い分がその後「世界の正義」になったことへの拒絶反応やコンプレックスの裏返しともいえる。

それらが強ければ強いほど、勝ちさえすれば一時的な悪名など恐るるに足らず、という思考に傾いても不思議ではない。

とすると、ロシアの国際的評価はすでに落ちるだけ落ちているので、そして「勝ちさえすれば」の考え方が強まっているので、タブー視されてきた核使用に踏み切ることにブレーキが効きにくくなっているとみてよい。

「でも、仮に人口密集地帯でなかったとしても、核兵器を使えば放射能で汚染されて、ウクライナを自分のものにしたいロシアだって困るじゃないか」という意見もあり得る。

しかし、その最優先事項が「ウクライナが西側に組み込まれることの阻止」だとすると、たとえウクライナの一部が不毛の地になっても、ロシアにとっては最悪の事態を避けることになる。

放射能で汚染してしまえば、今後ウクライナがNATOやEUに加盟しても、欧米もこれを持て余すことになる。これ以上の悪名を恐れないプーチン政権に「ただウクライナを欧米にくれてやるよりマシ」という発想が生まれれば、核兵器の引き金も軽くなりやすい。

核抑止のスキマ

そして最後に、ロシア政府には「核兵器を使用してもロシアが核攻撃されることはほぼない」という安心感があるとみてよい。

そもそも第二次世界大戦中の日本を除き、これまで戦争で核兵器が実際には用いられなかったのは、それをすれば自分も大きなダメージを負うという判断が働きやすかったからだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米給与の伸び鈍化、労働への需要減による可能性 SF

ビジネス

英中銀、ステーブルコイン規制を緩和 短国への投資6

ビジネス

KKR、航空宇宙部品メーカーをPEに22億ドルで売

ビジネス

中国自動車販売、10月は前年割れ 国内EV勢も明暗
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 8
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 9
    「爆発の瞬間、炎の中に消えた」...UPS機墜落映像が…
  • 10
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story