コラム

日本で子育てしにくい'3低'構造とは──「自己責任」の国際データ比較

2021年09月27日(月)20時25分


だとすると、日本の3低構造には、どんな考え方を見出せるのか。

「家族でなんとかするべき」

単純化していえば、日本政府のスタンスは「政府の補助に頼るな、税制面での優遇もあてにするな、働きたいなら自分たちでなんとかしろ」となる。

そのため、保育所の利用さえできない子育て世帯が子どもの祖父母を頼ることは珍しくないわけだが、特に都会では夫婦それぞれが実家を離れていて、それさえ難しいことも多い。

そうした場合、結局は無認可の保育所という商業サービスを利用するか、さもなくば(多くの場合母親が)仕事を辞め、生活を切り詰めながら子育てせざるを得なくなる。

デンマークの政治学者E.アンデルセンは福祉国家のあり方を国家中心の社会民主主義モデル(スウェーデンなど)、市場が大きな役割を担う自由主義モデル(アメリカなど)、家族を重視する保守主義モデル(ドイツなど)に分類した。この分類に従うと、日本はアメリカとドイツの中間と位置づけられるが、自由主義モデルと保守主義モデルの欠点としては格差が大きくなりやすいといわれる。

実際、多くの国と比べて日本では、子育て世帯の生活が厳しくなりやすい。

mutsuji20210927164305.png

(出所)OECDデータベース.

図5は、家計に占める子育て費用の割合を表している。このデータは実支出から児童手当などを差し引いた純額に基づいて表されている。そのため、国によっては5%を下回る国さえあるなか、日本では15%を超えている。

税控除や給付の水準、さらに保育所入所率の低さなどが子育て費用の高さを支えているわけだが、その水準は「自己責任」が通りやすいアメリカをもしのぐ。

国家としての無思想

冒頭に述べたように、「子育て支援」というとどうしても低所得世帯への支援や児童手当が焦点になりやすい。手元に何かがくる、というのが有権者に響きやすいと思っているのかもしれないし、実際にその通りかもしれない。

しかし、都市への人口流入や核家族化といった社会状況の変化を無視して、過剰なまでに家族に依拠した仕組みが続く限り、多少手当を増やしたところで(それさえ実現は定かでないが)、効果は限定的だろう。多くの国が3項目のうち2点に重点を置いていることを踏まえれば、日本の場合、手当を増加するなら、これにさらに税控除の拡張か保育所の増設がなければ、本格的な子育て支援にはならない。

もっとも、財源が無尽蔵でない以上、どこかの項目を優先させるなら、別のどこかを切り捨てることを覚悟しなければならない。それは国家としての考え方を問うものでもある。

それが提示されないまま、自民党総裁選挙や野党の対案において、給付だけが一人歩きしやすい点に、日本における子育てのしにくさの根深さを見出すことができる。

家族は子育ての基本だとしても、それに全てを委ねてやり過ごそうとする姿勢は、国家としての無思想にもつながる。国家としての再生産の危機を打開する考え方を示さないまま、「国家百年の大計」など語ってもらいたくないのだが。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

BBC理事長、トランプ氏の訴訟に「断固闘う」と表明

ワールド

米SEC、株主提案の除外審査を一時停止 アクティビ

ビジネス

ホンダ、北米工場24日から通常稼働 半導体不足で生

ワールド

トランプ氏、対ロ制裁法案に署名へ 最終権限保持なら
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story