コラム

日本とフィリピンを結んだアキノ前大統領──皇室との交流が開いた新地平

2021年06月28日(月)18時35分

フィリピンは20世紀初頭にアメリカの植民地になり、第二次世界大戦後の1946年に独立してからもアメリカの影響力が大きかった。冷戦時代、アジア最大の米軍基地がフィリピンに置かれていたことは、その象徴だった。

しかし、沖縄などでもしばしば発生する米兵による暴行事件などがフィリピンではさらに多かったうえ、アキノの父の命を奪ったマルコス体制はアメリカの支援を受けていたからこそ20年以上もこの国を支配できた。こうした背景のもと、冷戦終結後の1991年に米軍基地が撤去されたことは不思議でない。

ところが、その後のフィリピンは中国との関係悪化に直面することになった。南沙諸島(スプラトリー諸島)をめぐり中国との間で緊張が高まった結果、アキノは2013年に常設仲裁裁判所に中国を提訴して世界の注目を集めたものの、中国がこれを拒んだため、審理は進んでいない。

それと並行してアキノは2014年にアメリカと拡大防衛協力合意を結ぶなど、最大の貿易相手国である中国を牽制した。日本との関係強化もこうしたなかで進められたのである。

遠い平和の夢

アキノが大統領だった時期は、ちょうど尖閣問題などをめぐり日中関係が急速に悪化した時期に重なる。

mutsuji210628_oda.jpg

もともと冷戦時代からフィリピンは日本にとって最大の援助対象の一つだった。しかし、中国の海洋進出という、いわば共通の課題の浮上を受け、フィリピン向けの日本の政府開発援助(ODA)がアキノ政権時代に増えただけでなく、両国は2015年に幅広い分野での協力を定めた戦略的パートナーシップにも合意した。

日本の支援はフィリピンの政情安定にも及んだ。

フィリピンでは南部一帯に多いイスラム教徒が分離独立を求めて政府と対立し、しばしばテロ攻撃を行なっていた。アキノはイスラム教徒を束ねるモロ・イスラム解放戦線(MILF)との対話を進めたが、これを仲介したのが日本政府だった。2011年8月、アキノは極秘で来日し、成田空港そばのホテルでMILF代表と会談し、和平交渉を進めることに合意した。

残念ながら、フィリピン政府との和平に反対するMILF急進派が戦闘を続け、2017年にはシリアからイスラム過激派「イスラム国(IS)」の残党が流入したことで、フィリピンにおける内乱が完全に収束したわけではない。アキノが目指した和平への道は遠い。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米司法省、ミネソタ州知事らを捜査 移民当局妨害の疑

ビジネス

米FRB副議長、パウエル氏支持を表明 独立性は「経

ビジネス

アングル:自動運転車の開発競争、老舗メーカーとエヌ

ワールド

米、ガザ統治「平和評議会」のメンバー発表 ルビオ氏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手がベネズエラ投資に慎重な理由
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 7
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 8
    イランの大規模デモ弾圧を可能にした中国の監視技術─…
  • 9
    日中関係悪化は日本の経済、企業にどれほどの影響を…
  • 10
    122兆円の予算案の行方...なぜ高市首相は「積極財政…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 8
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 10
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story