コラム

欧米のアジア系ヘイトを外交に利用する中国──「人権」をめぐる宣伝戦

2021年04月07日(水)17時10分

2001年の同時多発テロ事件の後、ブッシュJr大統領(当時)が「テロとの戦い」を宣言すると、中国はロシアとともに国内のイスラーム勢力を弾圧する方便としてこれを支持した。それと知りつつブッシュ政権は一部のウイグル人組織を「テロ組織」に指定しただけでなく、ウイグル弾圧について語らなくなった経緯がある(ロシアのチェチェンについてもほぼ同じ)。

途上国で響きやすい「二枚舌」

このように欧米がその時々の情勢によっていうことを変えるのは、中国に限らず多くの途上国が直面してきたことだ。また、欧米の政府が世界に向けて人権を説き、それに従わない国には援助停止などの圧力を加えながらも、サウジアラビアやインドなど、アメリカの安全保障上のパートナーによる深刻な人権侵害をほとんど問題にしてこなかった。

こうしたダブルスタンダードは国際政治の冷たい現実からすれば当然でもあり、少なくとも「言う側」の先進国では忘れられたり、なかったことにされたりしやすい。しかし、上から目線で一方的に「言われる側」の途上国では、そうはいかない。

つまり、中国の「三分の理」がとりわけ響きやすいのは途上国である。中国は冷戦時代から途上国を国際的な足場にしてきたが、「欧米の二枚舌」を強調することは主に国連加盟国の大半を占める途上国に向けたメッセージといえる。

これを補強するのが、途上国に広いネットワークを築く中国メディアだ。新華社通信だけでも国外に180以上の支社を構え、ロイターなど欧米の通信社より割安の価格でニュースを配信することで途上国の現地メディアに食い込んでおり、CCTVは国際放送におけるCNNやBBCの牙城に挑戦し、アフリカ大陸などでも番組を放送している。

外交の延長線上にあるヘイト対策

もっとも、中国メディアの論調を途上国のユーザーが鵜呑みにしているとは限らない。ケニアと南アフリカの大学生を対象に2018年に行われた調査では、欧米メディアやカタールのアル・ジャズィーラに比べて中国メディアに接する頻度は低く、メディア専攻の学生でもCCTVのロゴを知らない者が多かった。

そうしたグループに欧米メディアと中国メディアを比較させると、「欧米メディアに比べて中国メディアはアフリカのニュースが多い」、「欧米メディアには『アフリカは自分たちのことを何もできない』というステレオタイプが強いが、中国メディアはそれがない」と好意的な意見があった一方、「中国メディアは『政府が積極的に●●をやっています』みたいな感じで国営放送みたい」という意見もあった。さらに、「...とても主張が強いように感じた。アメリカのやアル・ジャズィーラにもそれがないわけじゃないけど、ただ中国のはあまりに強すぎて賛成できなかった...ちょうどロシアのテレビと同じで嫌な感じがした...」という意見もあった。

この調査結果からは、途上国でもデジタル・ネイティブ世代、とりわけリテラシーの発達した者に、個人差はあるものの、欧米メディアだけでなく中国メディアも無条件に信用しない傾向が強いことがうかがえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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