コラム

コロナの余波「食品値上がり」──世界的な買いだめと売り惜しみの悪循環

2020年04月21日(火)12時00分

こうした状況を受け、国ぐるみで買いだめに向かうケースもある。中国は年間消費を賄えるだけの小麦とコメを備蓄する方針を示している。

輸出規制の広がり

ただし、食品が値上がりしているとはいえ、世界全体で食糧が足りないわけではない。

アメリカ農務省によると、例えば小麦とコメの場合、世界全体の生産量は約12億6000万トンで、これは年間消費量を上回り、在庫はおよそ4億694万トンにのぼる。つまり、少なくとも現状では、世界全体の食糧生産は地球人口を養うのに十分といえる。

それにもかかわらず、食品価格が世界的に上昇し始めているのは、需要が高まっている一方、輸出する側で規制が広がっているからだ

例えば、世界第1位の小麦輸出国であるロシアでは4月2日、小麦や大麦などの輸出をそれぞれ700万トンまでに制限する政令が発令された。これは昨年の5分の1以下の水準だ。

ロシア政府はこれを「国内市場をまかなうため」と説明している。国内の価格上昇を抑えるためというのだ。そのため、輸出規制の期間は6月末あるいはコロナ収束までとされている。

こうした措置はロシア以外でもみられ、カザフスタン、ウクライナ、エジプト、ベトナム、インドなどがすでに食糧の輸出を制限している。

その結果、例えば全土がロックダウンされたインドでは、行き場を失ったイチゴを乳牛に与えるといったことも増えている。

「食品を売らない」選択はなぜか

「このタイミングで食糧輸出を制限するなんて火事場ドロボーみたいじゃないか」という意見もあるかもしれない。

また、ロシアの場合、頼みの綱だった原油の価格が下落するなかで、国際的な発言力を確保するため食糧を武器にしている側面も見逃せない。

ただし、輸出国の売り惜しみは豊かな国の買い占めに対する一種の自衛ともいえる。買った食品が本当に消費されるかさえ疑わしい外国のパニック買いのために、自国の食糧は譲れないからだ。

実際、豊かな国に食糧が必要以上に集まる構図は、コロナ蔓延以前からあったものだ。食糧が規制なく売買され、購買力のある国に(食品ロスが出るほど)流れてきたことは、地球人口を養えるだけの食糧生産量があるにもかかわらず、飢餓が蔓延していたことの一因である。

その結果、1845年のアイルランドや1973年のエチオピアのように、大飢饉が発生している国から食糧が輸出されることさえ珍しくない。コロナはこうした人間社会の矛盾を改めて浮き彫りにしたといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story