コラム

「世界最悪の独裁者」ムガベの死――アフリカの矛盾を体現したその一生

2019年09月09日(月)14時52分

その黒人の抵抗運動を支援したのが、東西冷戦のもと「反帝国主義」を掲げるソ連や中国だった。なかでも中国は当時、国際的な足場を求めてアフリカ進出を進めるなか、ローデシアの反政府勢力への支援を惜しまなかった。

「白人の植民地支配に苦しむ黒人を支援する」ことは、共産圏にとって絶好の宣伝材料だったともいえるが、この関係はジンバブエが2000年代以降、中国のアフリカ進出の一つの拠点になる土台となった。

ともあれ、ローデシアでの内戦は最終的に、白人の財産の保護と引き換えに黒人にも政治的な権利を認めることで両者が合意して1979年に終結。翌1980年、ジンバブエと国名を改めたのである。

その立役者となったムガベは、白人によって支配される黒人の代表としてアフリカで広く認知された。そのため、先述のように1990年代末からの白人財産の没収にも、アフリカのなかでは一定の理解がある。

人種対立の扇動

ただし、ムガベが体現したのは「欧米諸国がアフリカに残した矛盾」だけではない。ムガベは「黒人の正義」を振りかざしながら、自分やその支持者のみに利益を還元する矛盾を自ら演じてもきた。

先述した白人の土地財産の没収は、「人種間の所得格差の是正」を名目とした。しかし、徴収された土地のなかには、ムガベ自身やその家族、政権幹部の名義になったものも少なくなかった。また、黒人に分配されたものも、その大半がショナ人に優先的に配分された。ジンバブエで最大の人口を抱える民族ショナ人は、ムガベの出身母体で、その支持母体でもある。

つまり、「黒人の利益」を謳った土地改革は、結局ムガベとその取り巻きによって私物化されたといえる。

それでもジンバブエ国外からも少なくないムガベ支持の声があったことは、アフリカに根強い白人への反感をムガベが政治的な手段として利用した結果といえる。

アメリカ政府から批判されたことを受けて、ムガベはジャマイカ系のコリン・パウエル米国務長官(当時)を(黒人奴隷トムの半生を描いたストウの小説の主人公)「アンクル・トム」と呼び、やはりアフリカ系のコンドリーザ・ライス国務長官(当時)を「白人の主人の奴隷」と呼んだ。

こうした侮蔑的で挑発的な言葉をあえて投げつけることで、人種を政治的に利用し、敵を作りながらも味方を作る手法は、現在の白人至上主義者にも近い。

ムガベ後も矛盾はなくならない

このようにムガベは様々な面でアフリカの矛盾を体現してきたといえるが、それは彼のパーソナリティが特異だったからというより、アフリカという土壌が生んだものといえる。そのため、ムガベがこの世を去っても、アフリカの矛盾は消えない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏独首脳、米国のウクライナ和平案に強い懐疑感 「領

ビジネス

26年相場、AIの市場けん引続くが波乱も=ブラック

ワールド

米メタ、メタバース事業の予算を最大30%削減と報道

ビジネス

米新規失業保険申請、2.7万件減の19.1万件 3
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させられる「イスラエルの良心」と「世界で最も倫理的な軍隊」への憂い
  • 3
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 6
    「ロシアは欧州との戦いに備えている」――プーチン発…
  • 7
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 8
    【トランプ和平案】プーチンに「免罪符」、ウクライ…
  • 9
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 10
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場の全貌を米企業が「宇宙から」明らかに
  • 4
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story