コラム

メイ首相辞任でイギリスの凋落が始まった

2019年05月27日(月)15時08分

こうした状況は、歴史の大きな転換点を示す。イギリスとアメリカをはじめとする英語圏はこれまで「民主主義の模範」とみなされてきたからだ。

1930年代、全体主義の嵐が世界を吹き抜けていた時代も、イギリスとアメリカは議会制民主主義を保った。その結果、第二次世界大戦後の世界では、主要戦勝国となったイギリスやアメリカは「見習うべき国」と位置付けられてきた。

例えば、日本でもいまだにイギリスやアメリカのような二大政党制を民主主義の理想と考える人は少なくない。

実際には二大政党制は英語圏に特有のもので、欧米全体でみれば少数派にすぎない。それでも暗黙のうちにイギリスやアメリカを「到達点」、それ以外の国を「その途中」と捉える見方は政治学者にも珍しくない。

英語圏の政治文化

古典的な例をあげれば、スタンフォード大学教授などを歴任したガブリエル・アーモンドは1963年の『現代市民の政治文化』で、イギリス、アメリカ、ドイツ、イタリア、メキシコでの意識調査の結果に基づいて、英語圏2カ国をすぐれた民主主義の国として描き出した。

後の政治学に大きな影響を及ぼしたアーモンドらの研究を簡単に紹介すると、彼らは市民の政治への関心度に基づき、その政治文化を未分化型、臣民型、参加型の3つに分類する

このうち「未分化型」とは、政府の決定や政策だけでなく、政治への参加にも関心が乏しいタイプで、調査対象のうちイタリアとメキシコでこれが目立った。政治家を信用せず、社会より自分の生活に関心を集中させる、いわゆるラテン的な文化ともいえる。

次に「臣民型」とは、政府の決定に注意を払っても、主体的に参加する意志に欠けるタイプで、5カ国のうちドイツで目立った。権威に弱く、ルールに従順な文化は、ドイツでナチスが台頭する一因になった。

そして、「参加型」は政府の決定や政策にも、政治への参加にも関心を持つタイプで、これが多かったのがイギリスとアメリカだった。この意識調査に基づく科学的な研究は、民主主義の成功例としての英語圏のイメージを補強したのだ。

「有力感」の落とし穴

しかし、そうしたイメージは現在のイギリスやアメリカには見る影もなく、むしろ臣民型の典型とされたドイツの方がよほど安定している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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