コラム

台湾映画『流麻溝十五号』が向き合う白色テロという負の歴史

2024年09月10日(火)19時35分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<台湾の白色テロ時代の政治的迫害を描く『流麻溝十五号』には、負の歴史を大切にし、語り継ごうとする姿勢がある>

台湾で1947年に起きた2.28事件とその後の国民党政府による「白色テロ」時代については、ホウ・シャオシェン監督の『悲情城市』やエドワード・ヤン監督の『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』などを観て知った。

蒋介石率いる国民党政府によって起きた国民への思想弾圧や迫害の時代で、共産主義者の友人がいるとか勉強会に1度だけ参加したなどの理由で投獄され、拷問を受けたり処刑されたりした人は少なくない。


しかもこの時代は戒厳令が解除される1987年まで続いている。ちなみに『悲情城市』の台湾公開は1989年だから、戒厳令解除からたった2年しか過ぎていない。『牯嶺街少年殺人事件』もそれから2年後。台湾映画人たちの意気込みが目に浮かぶ。満を持していたのだろうな。しかも国民党は今も最大野党で、いつ政権を取ってもおかしくない存在だ。しかし忖度やおもねりなど一切ない。

だからやっぱり思う。ナチスやホロコーストの映画は1つのジャンルになっている。ハリウッドも黒人差別や先住民虐殺を映画にしている。韓国や台湾も同様。なぜ日本の映画界は自分たちの国の負の歴史を作品にしないのか。

『流麻溝(りゅうまこう)十五号』の舞台は緑島だ。白色テロの時代に思想改造と再教育を施されるために拘束された政治犯たちが隔離された離島で、最初から最後まで島以外の描写はほとんどない。メインのキャラクターは絵を描くことが好きな高校生と正義感の強い看護師、そして妹を守るために自分が共産主義者であると取り調べで嘘をついたダンサーの3人。全て女性だ。ちなみにタイトルの『流麻溝十五号』はこの島に建てられた収容所の住所だ。

当時の台湾の状況を示すように、本作の登場人物たちはさまざまな言語を使う。中国の共産党政権に追われて台湾に来た外省人である国民党政府関係者はおそらく北京語。内省人は台湾語だけでなく、日本統治時代に教育された日本語も使う。そもそも多民族社会なのだ。

実際に収監されていた女性たち6人の証言をまとめたノンフィクション本が原作だという。監督の周美玲(ゼロ・チョウ)については、これまでの作品を観たことはないけれど、ドキュメンタリーでキャリアをスタートしたと紹介されている。

それが理由かどうかは分からないが、作品全体について言えば、生真面目さが裏目に出てしまったことは否めない。遊びがないのだ。だからこそ終盤の(実際に処刑された人たちの)笑顔の写真が突き刺さる。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米プリンストン大への政府助成金停止、反ユダヤ主義調

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story