蔓延する憎悪と殺戮 パレスチナで突き付けられる「傍観者でいいのか」という問い
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<イスラエル・パレスチナ問題──これまでにも多くの日本人監督がこのテーマに向き合ってきたが、『傍観者あるいは偶然のテロリスト』はその系譜の最新作だ>
イエス・キリストが信じていた宗教は何か。こう質問されたとき、正解を言える日本人は少ない。答えはユダヤ教。キリスト教は彼(ナザレのイエス)が処刑された後に、弟子たちが広めた宗教だ。
なぜイエスは処刑されたのか。形骸化したユダヤ教旧体制を批判したため、ユダヤ教祭司や律法学者から憎悪されたから。つまりキリスト教を信仰する人々にとって、ユダヤ人はイエスを殺害した民族ということになる(イエスもユダヤ人だが)。
だからこそ、アウシュビッツの強制収容所が解放されてホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の実態が明らかになったとき、西側世界の人たちは驚愕しながら萎縮した。なぜならナチスだけではなく自分たちも、何世紀にもわたってユダヤ人を差別し、迫害してきた加害者であるからだ。
第2次大戦後にユダヤ人は約束の土地に自分たちの国を建設し、強い被害者意識は過剰な攻撃性へと転化して、以前から居住していたパレスチナの民を差別し迫害する。虐殺もあった。しかし国際社会は黙認する。アラブ世界は怒る。中東戦争が何度も起きるが、アメリカの軍事的庇護を受けるイスラエルは近代兵器を駆使して勝利し続ける。
だからこそアラブ各国はイスラエルと同時にアメリカを仮想敵と見なし、国際テロ組織アルカイダは2001年にアメリカを攻撃する。
......この複雑な問題について、この字数でまとめるには無理がある。
でもこれだけは知ってほしい。世界に憎悪と殺戮が蔓延する要因として、イスラエル・パレスチナ問題の影響は大きい。ユダヤ人が加害されたホロコーストやナチスの映画は、一つのジャンルといえるほど毎年量産されるが、そのユダヤ人が加害する側となった現在進行形の問題に対しては、少なくともハリウッドは拮抗できていない。
ただし『テルアビブ・オン・ファイア』『オマールの壁』など、イスラエルやパレスチナのフィルムメーカーによる佳作は少なくない。そして若松孝二、足立正生、広河隆一、古居みずえ、土井敏邦など多くの日本人監督がこの問題についてのドキュメンタリー映画を発表している。
『傍観者あるいは偶然のテロリスト』はその系譜の最新作。監督の後藤和夫はテレビマン時代、第2次インティファーダで紛争が続くパレスチナに足を運び、取材と撮影を続けた。退職後の2018年、東京・豊島区に友人たちとミニシアター「シネマハウス大塚」を設立し、上映活動を続けながら再びパレスチナを訪れる。