コラム

『絞死刑』は大島渚だから撮れた死刑ブラックコメディー

2020年11月06日(金)11時55分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<実際に起きた小松川高校事件を題材にしているが、全体のトーンはスラップスティックなブラックコメディー。映画を通して国家権力と闘い続けた大島渚でなければ、こんな作品は撮れない>

教えている大学のゼミは、フィールドワークを中心的なコンセプトにしている。つまり座学ではなく外に出ること。テーマを設定したら、いろんな場所に足を運び、いろんな人に会って話を聞く。

学生には、自分たちの特権を十分に行使しろと伝えている。インタビューを申し込まれたとき、メディアなら断るけれど学生からの依頼だから特別に応じると答える人は少なくない。そもそも卒業して社会人になれば、多忙な日常が待っている。ふと気になったことを、ネット検索ではなく実際に足を運んで調べることなどまずできない。

テーマは基本的に学生たちが選ぶ。定番はメディア、差別、宗教、選挙の年は選挙制度、数年前までは原発関連も多かった。そして死刑制度。死刑制度をテーマにするときは、まずゼミ生たちに賛成か反対かを聞く。毎年7対3くらいの割合で賛成が多い。世論調査では8対2で死刑賛成だから、まあ順当な数字なのだろう。

そして班に分かれてフィールドワーク。冤罪をテーマにした班は弁護士や冤罪被害者に会いに行く。死刑反対のロジックをテーマにした班は、死刑廃止を訴える市民団体や弁護士にインタビューする。死刑存置をテーマにした班は、被害者遺族にインタビューする。全ての班に共通して与える課題は、実際の死刑囚への接触だ。東京拘置所には必ず行かせる。できれば死刑囚に面会する。その感想は毎年ほぼ同じ。「あまりに普通の人でびっくりしました」

死刑制度に賛成か反対かは二の次だ。まずはシステムとしての死刑制度を知ること。実際の死刑囚に会うこと。その上で一人一人が考えればいい。その思考や煩悶に、書籍や映画は重要な補助線を提供する。

そのおすすめの1つが『絞死刑』だ。製作は、松竹を大げんかの末に退社した大島渚が仲間と立ち上げた「創造社」。日本アート・シアター・ギルド(ATG)が独立プロダクションと製作費を折半する「一千万円映画」の第1弾でもある。スタッフ、キャストはほぼ大島組。実際に起きた小松川高校事件を題材にしているが、全体のトーンはスラップスティックなブラックコメディーだ。

強姦致死等の罪で死刑囚となった在日朝鮮人Rの刑が執行された。しかしなぜかRの脈は止まらず、さらに蘇生したRは記憶を失っている。このままでは処刑できない。刑務官や医務官、検事や教誨師たちは、Rが行った犯罪の一部始終や家族との日常を、寸劇で演じてRに見せる。Rが徐々に記憶を取り戻すとともに、民族差別の理由や官僚制度の矛盾、そして死刑制度の意味についての疑問符が観客たちにも突き付けられる。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

仏首相、年金改革を27年まで停止 不信任案回避へ左

ビジネス

米ウェルズ・ファーゴ、中期目標引き上げ 7─9月期

ビジネス

FRB、年内あと2回の利下げの見通し=ボウマン副議

ビジネス

JPモルガン、四半期利益が予想上回る 金利収入見通
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 5
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story