コラム

草間彌生の水玉と「私」の呪縛からの解放──永遠の闘い、愛、生きること(2)

2022年07月11日(月)15時50分
草間彌生

ヴァレーギャラリー 写真:森山雅智

<世界中が夢中になる草間彌生。2000年代の欧州で、筆者は草間作品の受容の変化を感じ取った(シリーズ第2回)>

今、あらためて考える草間彌生という存在──永遠の闘い、愛、生きること(1) から続く。

「世界の草間」への快進撃

1989年というと、周知のように平成の始まりであるだけでなく、天安門事件に、ベルリンの壁崩壊、冷戦構造の終結などを通して世界や社会全体が大きく動いた年である。

美術界でも、1984年にニューヨーク近代美術館で、ウィリアム・ルービン企画で開催された「20世紀美術におけるプリミティヴィズム:『部族的』なるものと『モダン』なるものとの親縁性」展を経て、この年にポンピドゥーセンターで、ジャン=ユベール・マルタン企画による「大地の魔術師たち」展が開催されている。アフリカやアジアからのアーティストも参加し、また現代アートと仮面など民俗資料が並列された内容は、当時賛否両論あったが、アート界が欧米中心からそれ以外の地域や領域へと視線を向け、その後のアート界の動向に大きな影響力を持つことになった。

その後のグローバリズムと多文化主義の流れ、ポストモダニズムの議論のなかで、それまで周縁と捉えられていた地域や作家への視線が増加し、等閑視されていた日本の現代アーティストたちも徐々に国際シーンに出ていくようになる。

そうした日本のアーティストたちの新たな舞台となったのが、90年代に次々とオーストラリアのブリスベンや台北など各地で新たに発足・リニューアルした国際展である。それらは、草間にとっても、大規模な屋外彫刻やバルーン彫刻などの実験の場となっていった。

そして、彼女の国際的な評価は、1998年から1999年にかけてロサンゼルス・カウンティ美術館、ニューヨーク近代美術館等を巡回した回顧展「Love Forever:YAYOI KUSAMA 1958-1968」により決定的になったと言われる。

しかし、これらの企画が、草間を育てたアメリカ、日本で行われたのに対し、2000年には、没入型のインスタレーションを中心にした個展が、フランスのアートセンター、コンソーシアムから始まり、パリ日本文化会館、デンマーク、ウィーンなどを巡回することになる。あくまでも個人的な見解だが、欧州における草間のより幅広い受容は、この没入型展示企画の影響が大きかったように思う。当時、筆者はパリに住んでおり、アート界を越えて、広く一般の子供から大人までが草間作品に夢中になり、それまでとは明らかに違う受容の変化があったことを記憶している。

ここから、「世界の草間」の快進撃が本格化していき、その後の日本国内での数々の個展巡回やパリ、ロンドン、ニューヨークでの回顧展、中南米やアジア各国等々の主要美術館での企画がひっきりなしに続き、各地で入場者数記録を塗り替えていった。それは、コロナ禍に入っても止まることはなく、2021年にはニューヨーク植物園やベルリンのグロピウス・バウ、テルアビブの美術館などでも個展が開催され、同様の現象を起こしている。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国特別検察官、尹前大統領の拘束令状請求 職権乱用

ワールド

ダライ・ラマ、「一介の仏教僧」として使命に注力 9

ワールド

台湾鴻海、第2四半期売上高は過去最高 地政学的・為

ワールド

BRICS財務相、IMF改革訴え 途上国の発言力強
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story