EVに次いで車載電池も敗戦?──ここぞという場面でブレーキを踏んでしまう日本企業
日本の太陽電池産業にとっての決定的な分岐点は2007年だった。この年、スペインもドイツと同様の太陽光電力の買い取り制度を始めたことにより、世界全体で太陽電池の生産量が5割も伸びた。Qセルズやサンテックなど外国メーカーが軒並み生産量を大きく伸ばす中、日本メーカーはどこも反応が鈍く、シャープなどは生産量を前年より16%減らして世界トップの地位から陥落した。
なぜ日本メーカーだけ波に乗れなかったのだろうか。それは原料の多結晶シリコンの争奪戦に日本メーカーが参加しなかったからである。太陽電池の生産規模が急に拡大したため、多結晶シリコンの生産能力拡大がそれに追い付かなかった。Qセルズやサンテックは豊富な資金力をバックに高値で多結晶シリコンを買い漁ったのに対して、日本企業の太陽電池事業は大企業のなかの事業部が担っているため、社内で十分な資金を用意してもらえなかった。また、シャープは原料の使用量を大幅に削減する新技術を持っていたため、ここで原料を買いすぎない方がかえって得策だとみていた。
しかし、この読みは外れ、シャープなど日本メーカーはその後ズルズルと後退していった。
もっとも、2007年の勝負に勝ったQセルズやサンテックとても、その後のヨーロッパ市場の大きな変動に翻弄され、2012年から13年にかけて相次いで破産してしまった。ヨーロッパ各国が太陽光電力の高値買い取り政策を打ち出すと思いがけない投資ブームが起きたため、政策はものの数年で中止された。そうしたことが繰り返されたために、トップメーカーが数年後に倒産するという珍事が相次いだのである。
ただ、2010年代以降、太陽電池の生産コストがさらに下がり、今では発電コストが火力や原子力などと比べて遜色ないところまで来た。太陽光発電は今や高値買取政策がなくても十分にやっていけるレベルに達したため、政策によって市場規模が激しく変動することは起きにくくなっている。2020年時点での世界の太陽電池トップ10社は中国企業7社、韓国企業1社(Qセルズの事業を買収したハンファQセルズ)、カナダ企業1社(中国人が経営するカナディアン・ソーラー)、アメリカ企業(カドミウム・テルル太陽電池という独自技術を持つファースト・ソーラー)となり、日本企業は姿を消した。2007年の勝負はリスクの高い賭けではあったが、その時点で勝負から降りてしまった日本企業にはもう復活の芽は残されていなかった。
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