コラム

半導体への巨額支援は失敗する

2022年01月11日(火)06時19分

紫光集団は2013年に携帯電話用ICのファブレス・メーカー、展訊(Spreadtrum)と鋭迪科(RDA)の2社を買収し、この2社を統合してユニソック(紫光展鋭)とすることで、半導体産業への参入を果たした。

その後、NANDフラッシュメモリを作る長江メモリ、同じくメモリを作る武漢新芯、成都紫光、南京紫光といった大型の工場を次々と立ち上げた。これらの事業の資金は銀行からの借り入れや社債の発行で調達したほか、国家IC投資ファンドからも総額286億元(約4900億円)の出資を引き出している。

しかし、紫光集団の半導体事業は、最初に買収したユニソックだけはスマホ用ICの世界でそこそこの業績を上げているものの、大金を投じたメモリはあまり売れていないようである。紫光集団は投資した資金を売り上げによって回収できず、資金繰りが行き詰った。同社は日本でいえば会社更生の途上にあるため、国家IC投資ファンドが投じた資金が完全に無駄になると確定したわけではないものの、現状では大きな損失を被っている状況にある。

紫光集団が失敗したのは、端的に言って、半導体産業に「国産化」という発想が馴染まないためである。半導体は、研究開発や設備投資に膨大なコストがかかる一方、生産量を拡大するコストは小さいため、規模の経済性が顕著である。半導体の輸送コストも小さいため、販売先に近接した場所で生産するより、特定の場所に生産拠点を集中し、そこから世界へ運んだ方が経済的である。つまり、この産業は少数の企業が少数の生産拠点で集中的に生産する傾向があり、各国で国内需要のために生産するのは割に合わないのである。

国産化の動機はアメリカの圧力

ただ、もし海外の生産拠点からの半導体供給が阻害される事態が生じるとすれば、それは半導体の国産化を進める理由にもなるし、またその機会が生まれることになる。実際、アメリカ政府が自国産の半導体ばかりか、他国産の半導体を中国へ輸出することにさえ制限を加えはじめたことは、中国にとっては半導体の国産化を進める重要な動機となった。

ところが、フタを開けてみたら、アメリカの半導体輸出制限は実は大したことがなかった。トランプ政権のもとでアメリカから中国への半導体輸出は減少するどころか、むしろ2017年の53億ドルから2020年の102億ドルへ急増しているのである。バイデン大統領が就任した2021年はさらに前年を上回る勢いで、1~10月の輸出額は104億ドルと、年末まで2か月を残してすでに前年の実績を上回っている。

たしかにアメリカ政府の制限によってファーウェイは5Gスマホ用のICを入手できなくなったが、ファーウェイのそれ以外の製品に必要なICは輸入できている。まして、シャオミやオッポなど他のスマホメーカーの場合は、最先端の5Gスマホ用のICも問題なく輸入しているのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ノルウェー・エクイノール、再生エネ部門で20%人員

ワールド

ロシア・イラク首脳が電話会談 OPECプラスの協調

ワールド

トランプ次期米大統領、ウォーシュ氏の財務長官起用を

ビジネス

米ギャップ、売上高見通し引き上げ ホリデー商戦好発
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story