コラム

半導体への巨額支援は失敗する

2022年01月11日(火)06時19分

海外のICが従来通り輸入できるのであれば、中国国内のICユーザーとしてはわざわざ品質が未知数の国産品に切り替える理由はない。勇んで半導体国産化に取り組んでいた紫光集団も、輸入に制限がない状況であれば、価格と品質で輸入品に対抗せざるを得ない。しかし、短期間にそんな実力を身に着けることはできなかったのだ。

さて、日本政府がTSMC熊本工場に巨額の補助金を出そうとしている件に話題を戻すと、このプロジェクトが商業的に成功する可能性は高いと思う。熊本工場ではソニーのイメージセンサーや画像処理プロセッサ(ISP)を受託生産する計画だというが、ソニーは世界のイメージセンサー市場で5割前後のシェアを持つトップメーカーであり、成功が持続する可能性は高い。

但し、ここで一言を注釈を差しはさんでおくと、TSMCは中国・南京ですでに28ナノメートルのICを製造するファウンドリーを運営しており、そこではソニーを追い上げている米オムニビジョンのイメージセンサーの受託生産をしている。自民党などには、この熊本工場を機縁に半導体の日台連合を期待する向きもあるようだが(『日本経済新聞』2021年12月25日)、TSMCの日本とソニーへの協力は、同社の中国とオムニビジョンへの協力より後回しであったのである。

さて、TSMC熊本工場でのソニー製品の受託生産が成功して海外にも輸出される場合、日本政府の補助金がかえって仇となる可能性がある。つまり、補助金によって輸出競争力を高めたとなると、海外で補助金相殺関税を課される可能性があるのだ。特に、自国にイメージセンサーのメーカーを持つ韓国、アメリカ、中国は相殺関税を課す動機がある。つまり、政府の補助金のせいで、かえって輸出が難しくなる恐れがある。

どちらを向いても成功は難しい

この点、中国の国家IC投資ファンドからの資金の場合は出資という形をとるので、投資先の企業が成功したらファンドの保有する株を民間人に売却できる。そうすれば輸出先で補助金相殺関税を食らうこともない。一方、TSMC熊本工場に日本政府が出す資金は補助金なので、持ち株を売るというわけにはいかない。

もし熊本工場のICが日本国内にのみ販売されるのであれば、相殺関税を課される心配はないが、それでは日本の半導体産業の復活ということにはつながらないだろう。それでも、海外からのIC供給途絶という事態に備えた経済安全保障になるので、政府の補助金を出す意義はある、という主張は可能である。ただ、それは競争力回復という目標を捨てることを意味する。

しかし、中国と違って、日本が海外から半導体を輸入できなくなる可能性は小さい。2020年の日本の半導体の輸入先をみると、台湾が57%を占めて圧倒的に多く、次いでアメリカ(11%)、中国(9%)、韓国(5%)、シンガポール(3%)、マレーシア(3%)となっている。このなかで日本への半導体輸出を止めると脅している国があるだろうか。日中関係が悪化して、中国からのIC輸入が難しくなることが絶対にないとは言い切れないが、それは代替的な輸入先を確保することで対処できる範囲のリスクであり、国内の工場への巨額の補助金投下を正当化しうるものではない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ブラックストーンなどPE2社、医療診断機器メーカー

ワールド

米印、通商合意に近づく 関税15─16%に引き下げ

ビジネス

仏ロレアル、第3四半期増収率4.2%で予想下回る 

ビジネス

ノボノルディスク次期会長に元CEO起用、大株主の財
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 8
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story