コラム

収奪的なオリンピック、包摂的なパラリンピック

2021年09月16日(木)19時15分

この収奪的なオリンピックを象徴したのが、「ぼったくり男爵」ことIOCのバッハ会長である。緊急事態宣言が敷かれて県境をまたいだ移動を日本国民が自粛しているのをしり目に、彼は札幌に行って沿道で市民に交じってマラソンを観戦したり、銀座を散歩したりとやりたい放題であった。丸川五輪相はオリンピック開催前には大会関係者と一般国民が接触しない「バブル方式」をとるから心配ないと説明していたが、その説明が真っ赤なウソであったことをバッハ会長自らが証明した。

一方、パラリンピックはより包摂的な大会であった。私がパラリンピックのさまざまな競技をじっくりと見たのは今回の東京大会が初めてであるが、パラリンピックが閉幕した9月5日には開催してくれてよかったと思った。

もちろん依然続く新型コロナへの感染拡大のなかで開催することの矛盾や、膨大な開催経費といった問題に関してはパラリンピックもオリンピックと同罪である。ただ、私自身についていえば、パラリンピックにいろいろ学んで、感動したことも事実である。

たとえば、車いすラグビーや車いすバスケットボールでは、障碍のレベルが異なる選手たちが一つのチームを組んで、それぞれの障碍に応じて役割を分担しながら勝利を目指すのだということは、恥ずかしながら今回の大会で初めて学んだ。

こうしたゲームのルールは、障碍者も長期失業者も高齢者も取りこぼさずに生活を保障し、就労を支援していこうという「社会的包摂」の考え方(大沢[2007])をスポーツの形で表現しているように思えた。

金メダルが意味するもの

思うに、人間は誰しも多かれ少なかれハンディキャップを抱えている。私自身についていえば、運動神経が鈍いとか、年をとっているとか。だが、パラリンピックは、ゲームのルールを工夫することによって、さまざまなハンディキャップを抱えた人々がともに輝き、楽しむことができるということを教えてくれた。

オリンピックは、能力の高い人々に、アメとムチを与えることでその能力を極限まで引き出させる競争社会の縮図である一方、パラリンピックは、さまざまなハンディキャップを持つ人々がみな能力を発揮できる共生社会のモデルである。

もしオリンピックが収奪的、パラリンピックが包摂的であるとすると、オリンピックのメダルを多く獲る国は、スポーツエリートに金銭的報酬、競技力を高めるための支援が集中する収奪的な国であるのに対して、パラリンピックのメダルを多く獲る国は、障碍者もスポーツに打ち込めるように社会の資源が配分されている包摂的な国といえるのではないだろうか。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story